2015年6月に起こった東海道新幹線車内での焼身自殺事件は、早くも世の中から忘れられつつある。低年金高齢者であった71歳の男性によるこの事件は、何があれば未然に防げたのだろうか? 「自殺しかない」の手前、さらに「生活保護しかない」の手前に、何が足りなかったのだろうか?
下流老人の焼身自殺を
私たちは忘れてしまってよいのか?
約7ヵ月前の2015年6月30日、東海道新幹線内で焼身自殺事件が発生した。東海道新幹線下り「のぞみ」に乗った71歳の男性が、持ち込んだポリタンクに入っていたガソリンをかぶり、ライターで火をつけた。男性が焼死した上、何の関係もない52歳の女性が巻き添えとなって亡くなり、乗客・乗務員合計約30名が重軽傷を負った。「安全」と信じられていた新幹線内での「まさか」の大事件は、社会に大きな衝撃をもたらした。しかし、もはや忘れられつつある。
71歳の男性は、本連載第16回「下流老人の新幹線焼身自殺は、生活保護で防げたか」でレポートしたとおり、東京都杉並区・西荻窪地域に長年居住していた。この地域に住み始めて27年目になる私の、見知らぬ「ご近所さん」だったことになる。男性は、地域の野球クラブなどでも活躍しており、生活困窮の訴えを相談できる相手もいた。生活保護を利用できるかどうか、区議にも相談していた。人柄については、良好な評判が比較的多かった。しかし、男性が長年暮らした西荻窪地域でも、この事件は忘れられつつあり、現在、話題にする人はほとんどいない。以下、事件当日朝までは近所の市井の人であった男性を「Hさん」と記す。
Photo by Yoshiko Miwa
月あたり12万円という老齢年金での生活を、Hさんは「苦しい」とこぼしていたそうだ。さらに、Hさんには年金以外に清掃業による就労収入があったという報道もある。焼身自殺の理由は何だったのだろうか? さまざまに報道された背景の中には「パチンコや競艇が好きだったから、消費者金融の返済で首が回らなくなったのではないか」というものもあった(「日刊スポーツ」記事インターネットアーカイブ)。また、別の報道によれば、ときおり奇声や奇行が見られ、住まいの中がゴミ屋敷状態であったともいう。しかし、小さな「ちょっと変かも」のそれぞれを積み上げても、「なぜ焼身自殺?」の説明がつくとは思えない。
借金が返せないなら、「自己破産」という最後の手段がある。ヤミ金ならともかく、消費者金融なら解決できる可能性は少なくない。いずれにしても、何らかの理由で生活苦に陥り、生活保護以下の生活になっているのなら、生活保護の対象になる可能性は高い。生活保護を利用すれば生きていくことはできるのだから、自殺する必要はないし、他人を巻き添えにする必要もない。
今回はこの事件について、
「似たような人が身辺にいたら、成り行きが最終的に破滅的な結末へと向かわないために、一人の『他人』として何かできるだろうか?」
という観点から、もう一度考えてみたい。