筆者も、この通りの事態が心配だ。たとえばラップ口座は、投信の乗り換え勧誘営業の行き過ぎを反省したかに見えるビジネスモデルだが、その中身は森氏が心配する通りのひどいものである場合が多い。

金融庁長官も呆れる
外貨建て一時払い保険

 また、文藝春秋の記事では、「検査官が見つけてきた例」として、豪ドル建ての一時払い保険で外貨での元本保証が付いたものについて、批判的に紹介している。この種の商品は、今よく売れているのだが、森長官は売れている理由を「商品製造元の保険会社が売り手の銀行や証券会社に六~七%という今の金利状況では考えにくい高率の手数料を払っているから」だと分析する。

 運用商品の購買意思決定が、実質的には顧客の損得判断よりも、売り子側のモチベーションによっていることを、彼は的確に見抜いている。

 森氏の紹介は続く。

「検査官が調べたところ、実は豪州国債の利回りは年に二・五%。それを『一%で運用する』とし、一・五%をサヤ抜きしているのです。十年だと一五%。これを折半して七%です。お客様からすれば、豪州国債をそのまま買った方がお得なのに、情報を十分ディスクロース(開示)していない。これってとても失礼なことですよね」

 かつて、これほど顧客の立場から物事を見てくれる金融庁長官がいただろうか。森氏が、金融行政のトップに居る期間がどのくらいあるのかはわからないが、投資家の側では、彼の在任期間は、リテール向け金融ビジネスを顧客寄りに改革するチャンスだ。

 森長官の行政方針を象徴する言葉の1つが「フィデューシャリー・デューティー」だ。日本語では、「受託者責任」のことで、主に年金運用の世界で使われる言葉だが、森氏はこの概念の普及をリテールの金融ビジネスの世界にも拡げようとしている。すなわち、銀行や証券会社、保険会社が、顧客のニーズに合った最善の商品やサービスを販売しているか否かを問うのだ。

 フィデューシャリー・デューティーは、確かに金融業界内のリテール分野で流行語の1つになっている。銀行でも証券会社でも、経営トップなりリテール向けビジネスを統括する役員なりは、フィデューシャリー・デューティーに対する自分の思いと、自社の取り組みをひとくさり語ることができないと、一人前ではない、といったムードになっている。中には、強引な営業で知られるさる金融機関の幹部で、「お前の口で、その言葉を語るのか!」と言いたくなるような人も、フィデューシャリー・デューティーについて蕩々と語ることもあるわけだが、建前としてそういう概念があることは、森氏の長官就任以来大いに広まった。