書くためには取材をしなければならない。しかし、学生時代にすでに婚約していて、就職試験を受けたこともない夏樹には、たとえば社長がどんな顔をして働いているのか、秘書が社長に対してどんな物言いをするのかといったことが、皆目わからなかった。

 夏樹の結婚した相手は、出光佐三の甥で、当時、新出光石油の役員をしていた出光芳秀であり、だから、部下が家に来ることもあったが、そこで彼らが見せる顔は仕事をしている時の顔ではない。

 このように、『遠い約束』の出来栄えからは信じられないような未知の地点から、夏樹はスタートした。

巨大な金融資本としての貌を発見

「いのちと取っかえっこのおカネ」をもらう生命保険には、ズーッと前から興味があった。しかし、推理小説の犯罪動機設定等に使われる以外の側面があるのではないか。そう思って資料を読み漁り、勧誘などで見せる顔の他に、巨大な金融資本としての貌があることを“発見”したのである。

 それからは、トップの会長から、企画部長、外務員研修所長、調査員、支部長、女性外務員など各社の多くの人に会って取材した。

 『遠い約束』を読んだある生保の社員は、「全体としては生保にとってやはり、マイナス・イメージになるだろうが、残念ながら明らかにこれは間違いだと指摘できる箇所は一つもない」と言った。

 それを伝えると夏樹は「ありがとうございます。そう言っていただくと嬉しいです」と頭を下げた。

 しかし、アタマを下げるべきはわれわれ読者、中でも保険業界の人なのではないか。複雑な保険のしくみや業界事情を、わかりやすく、そしておもしろく書いてくれたのである。

 生命保険経営学会で出している『生命保険経営』という雑誌の第48巻2号に、木沢清という人が『遠い約束』について、こう書いている。