中高年は支援体制を若者は夢の実現の可能性を気にする

 あらためて3位に飛び込んだ島根を見てみよう。人口は全国46位、都会から遠く離れた山陰の県に、なぜ若者たちは移住するのか。

 大手広告代理店に勤務する東京出身のデザイナー、南貴博さん(39歳)はこの春、会社を辞めて妻と2人で島根県隠岐郡海士町(おきぐんあまちょう)に移住する。島根本土から60キロメートル、日本海に浮かぶ隠岐諸島の島だ。

海士町の魅力を、「海がきれいで、食べ物もおいしい、人が素晴らしい」と南さん(左)。海士町の海岸にて

「会社を辞めて独立したいと漠然と思っていましたが、地方移住は全く考えていなかった。昨年夏、海士町に移住している友達のところに遊びに行き、一気に引かれましたね。島の人、移住した人、インターンシップに来た人、いろんな人を紹介され、みんながすごく楽しみながら素晴らしい仕事をしているのを見て、『何なんだ、この面白い島は!』って。そして『日本の地方ってこんなに豊かなのか』と知りました。この島の素晴らしさを、もっといろんな人に知ってもらうことが必要なんじゃないか。自分の広告デザインのスキルが役立つのではないかと考えた」と南さんは言う。

 その後、妻の麻衣さんを連れて再訪。2人は島をすっかり気に入り、南さんは海士町でフリーデザイナーになることを決めた。海士町観光協会のPRを手伝い、島の商品開発やブランディングにも参加したいという。後述する「ふるさと島根定住財団」を通じて島根県から引っ越し費用の支援を受け、県のIT起業支援制度にも申請する予定だ。

 よそ者が定住するには現地の受け入れ体制が大切だ。島根県はその体制が全国でも進んでいて、また県民が移住者と付き合うことに慣れているのだという。

「島根県は匹見町という山間地で40年以上前に『過疎』という言葉が初めて生まれた県ですから、人口減少に歯止めをかけなくてはという危機感が昔からありました。そこで20年前の1996年にふるさと島根定住財団ができ、19の市町村全てに定住支援員を置いて、移住のサポートをしてきた。移住者一人一人に寄り添い、オール島根で支援する取り組みが、実を結んでいます」。ふるさと島根定住財団東京事務所の水戸抄知氏はそう語る。

 例えば島根県独自のUIターン支援制度である「産業体験事業」。新規に農業、漁業、林業などの1次産業に就きたい場合、国の助成金制度があるが、経営や人間関係がうまくいかず、継続できなかった場合には返還義務が生じることが多い。島根県のこの制度は、あくまでも体験。農業、林業、漁業、伝統工芸、介護の仕事を1年間体験することに対して1カ月に12万円の助成金が出る。

 実際に1年間体験した後で、国の助成制度を使って本格的に就農してもよいし、別の道を選んでもいい。この制度によって定住率が上がったという。

 もっとも、「中高年は『どんな支援があるのか』を気にしますが、若者は支援策などほとんど聞いてこない。どんな暮らしができ、どんなビジネスができるか。自分はこんなことがしたいが、実現できますかと聞いてきます」と、嵩氏。

 過疎の村に、希望に満ちあふれた若者がやって来る。地方にとってもこんなにうれしいことはない。

「週刊ダイヤモンド」2016年3月26日号特集「ニッポンご当地ランキング」より。