まず(1)はオプション取引そのものである。「レストランで食事をする」という原資産を、1年間、一定の価格(フルコースの値段)で買う権利を手に入れているからだ。

実際にフルコースそのものを購入しているわけではないので、もっといいレストランがもし見つかれば、少々良心の呵責はあるものの、予約をキャンセルすることができる(日が迫ってくるとキャンセル料が発生する可能性があるが……)。

(2)の宝くじはどうだろうか?あなたが購入した1枚300円の宝くじはたいていの場合、ただの紙くずに変わるが、奇跡が起これば3億円に変わるかもしれない。1等でなくても、4等の30万円になることも十分あり得るのだ。

とすると、「300円~3億円の賞金」という原資産を、当選番号発表から1年以内に、行使価格0円で手に入れる権利を、1枚300円で買っていることになる。これもオプション取引の一種と言えそうだ。

(3)の生命保険もやはりオプションである。一般に、生命保険契約というのは、被保険者が病気になったり亡くなったりしたときに、保険金を受け取る権利を約束するものである。原資産については少し応用が必要だが、この場合は「あなたの将来の年収」だと考えるべきだ。

あなたの年収は、将来順調に上がっていくかもしれないし、突然のアクシデントでゼロになるかもしれない。要するにリスク資産である。生命保険に加入して月々の保険料を支払うという行為は、実際にあなたの年収をゼロにする病気・死亡といったイベントが起こったときに、一定の年収を受け取る権利を購入しているに等しい。

ただ、(2)の宝くじと決定的に違う点もある。(2)の例は、原資産を買う権利(コール・オプション)であるのに対し、(3)の生命保険のほうは、原資産を売る権利(プット・オプション)だからだ。

宝くじ券の場合は、原資産の価格が上がった(要するに当選した)ときに、あなたは権利を行使する(=くじ権を当選金と換える)し、生命保険の場合は、病気や死亡によってあなたの年収という原資産の価格が下落したときに、保険金を受け取る権利が行使されるという構造になっている。

というわけで、唯一、オプションでない取引は(4)のスーツの注文だけである。これは将来に取引が発生する点でオプションに似てはいるが、決して権利の売買をしているわけではない。現時点であなたはすでにスーツを注文し、完成時に代金を支払うことを約束してしまっている。

これは先物取引と呼ばれる取引形態であり、オプション取引とは似て非なるものだ。途中で心変わりしてもあとの祭り。完成時には決められた代金を必ず支払わなければならないのである。

市場では、このオプション(権利)そのものを売買する取引が行われている。では、このオプションの価値はどのように決まるのだろうか?それに答えたのが、ノーベル賞を受賞した「ブラック・ショールズ式」である。次回はその前提となるオプション理論の考え方について見ていくことにしよう。

野口真人(のぐち・まひと)
プルータス・コンサルティング代表取締役社長/
企業価値評価のスペシャリスト
1984年、京都大学経済学部卒業後、富士銀行(現みずほ銀行)に入行。1989年、JPモルガン・チェース銀行を経て、ゴールドマン・サックス証券の外国為替部部長に就任。「ユーロマネー」誌の顧客投票において3年連続「最優秀デリバティブセールス」に選ばれる。
2004年、企業価値評価の専門機関であるプルータス・コンサルティングを設立。年間500件以上の評価を手がける日本最大の企業価値評価機関に育てる。2014年・2015年上期M&Aアドバイザリーランキングでは、独立系機関として最高位を獲得するなど、業界からの評価も高い。
これまでの評価実績件数は2500件以上にものぼる。カネボウ事件の鑑定人、ソフトバンクとイー・アクセスの統合、カルチュア・コンビニエンス・クラブのMBO、トヨタ自動車の優先株式の公正価値評価など、市場の注目を集めた案件も多数。
また、グロービス経営大学院で10年以上にわたり「ファイナンス基礎」講座の教鞭をとるほか、ソフトバンクユニバーシティでも講義を担当。目からウロコの事例を交えたわかりやすい語り口に定評がある。
著書に『私はいくら?』(サンマーク出版)、『お金はサルを進化させたか』『パンダをいくらで買いますか?』(日経BP社)、『ストック・オプション会計と評価の実務』(共著、税務研究会出版局)、『企業価値評価の実務Q&A』(共著、中央経済社)など。