「何故、そんな遠いとこへ行っちゃうんだい」と岸に言う一方で、小津は「日本の男どもは一体なにをしてるんだ。ラムネの球みたいな眼玉をした男に岸をとられて」と怒った。

「切り花の状態」でフランスへ渡った岸はしばしば帰国した。帰って来ると小津に呼び出される。池部良なども駆り出された。

 ある時、酔って横浜のニューグランドホテルの前を歩きながら岸が「先生、もう、ここに寝ましょうよ」と叫んだ。そして、いきなり路上に横たわる。

「寝るか、おう、よしよし」と小津も巨体を横たえた。池部らも続く。

 迷惑したのはトラックだった。何台も並んでクラクションを鳴らす。

 仕方なしに小津が起き上がり、「小津安二郎と岸恵子が仲良く寝てるんですが、やはり起きなきゃダメですか」と言った。

 1959年に岸が帰国した時、小津は「なあ恵子ちゃん、いつになったら帰って来るんだい」と聞いた。これには岸も驚いて、「あら先生、私まだ離婚もしてないのよ」と月並みな返事をした。それに対して「ああ、そうだったね」と小津は答えながら、そんなことを聞いてるわけじゃないという顔をしたという。

「欠点があっても、
愛さずにはいられない」

 『パンプキン』の対談で、私が「岸さんは日本とフランスの両方を体験されているわけですけれど、フランスでは、いろいろ批判があってあたりまえでしょ?」と切り出すと、岸は、「日本には批判がなさ過ぎます。だから、この国には革命なんて起こり得ないでしょうね」とズバッと返した。

 娘もストレートのようで、「日本は国中がディズニーランドだ」と難じているという。娘の子ども、つまり、孫が幼かった時、かわいくてたまらない岸は、ある時、チューインガムをあげた。ところが、孫が「もう1つちょうだい」とねだる。それでまたあげたら、飲み込んでしまった。あわてている岸に娘が凄い剣幕で「いくつあげたの」と詰問する。あまりに恐くて岸は「1つ」と嘘をついたという。

「あー、私、日本の悪口を言い出したら3日3晩かかりそう」と笑った岸は、「でもね、それ自分の国だから夢中になるんです」と続け、「むしろ、欠点があっても、口惜しいけど、愛さずにはいられないんですよね」と結んだ。