ラブレター事件のその後

 数日後に学校側が下した処分は、西村にとって驚くほど厳しいものであった。

 彼は退学となったのだ。

 一方の幸一は1週間の停学。

 N女にラブレターを出したのみならず、西村に妙な知恵まで貸し、おまけに煙草を持っているところを見つかったにしては幸一の処分が軽すぎる。彼は『塚本幸一 わが青春譜』の中で、八幡町の町長だった祖父の隠然たる力が罪一等減じたのだろうと推測している。

 それでも、軍事教練をはじめ、道徳教育の課目はすべて減点されることになった。成績表に“操行要注意”の判が押されていたのは言うまでもない。

 信も学校に呼びだされて注意された。ところがどうしたわけか、家に帰っても何一つ小言を言わなかったという。

 “極道もん”の粂次郎に比べたら、幸一のそれなどまだいたずらの域を出ないと思ったのだろうか。怒られないというのも、それはまたそれでこたえた。罪滅ぼしの代わりに必死に勉強した。

 それからしばらくの間、N女とは音信が途絶えていたが、1年半ほどが経ち、幸一の卒業が目前となった頃、再び彼女から手紙が届いた。

 それはよりによって卒業試験の真っ最中。一夜漬けを2日繰り返して朦朧(もうろう)としていた時のこと、級友の岸田という男が、彼女からの手紙をもって彼の下宿に現れたのだ。

 手紙の開封を試験後にできるほど冷静ではいられない。その場で開封してみると驚くべきことが書かれていた。

「一年半、私はあなたのことを思い続けてきました。でも、あの事件では自分の父が、誠に申し訳のないことをして、ご迷惑をお掛けしましたので、もう会ってもらえないだろうと覚悟しています。しかし、自分はあなたが京都のおうちへお帰りになるのなら、後を追って京都へ行こうと思っています。幸いなことに兄が京都で店を持っていますので、そこに下宿して補習学校に通うつもりです。一年半前のことを許していただけるものなら、再び交際してほしいのです」

 嬉しくないはずがない。思わず躍り上がりたくなるのを岸田の前でもあり必死に押さえていた。だが押さえられない何ものかがこみ上げてくる。鼻の付け根がじーんと生温かい感じがすると、妙だなと思う間もなく鼻血が吹き出してきたのだ、2日間の徹夜疲れもあって、思わずその場にへなへなと倒れ込んでしまった。

 ところが岸田は、彼女に返事を持って帰る約束をしているという。日に焼けて赤茶けた下宿の畳に寝転がって、鼻血を手で押さえながら、

「彼女に伝えてくれ。また、京都で会おう、と」

 それだけ言うと今度こそ、幸一はその場で昏倒してしまった。

 丸一日寝込み、おかげで卒業試験の最終日は欠席せざるを得なくなったが、それでもなんとか15番で卒業することができた。