ITの世界に「クラウド・コンピューティング」という新たな潮流が生まれている。数多くの新用語が生まれるたびに翻弄されてきたユーザーも少なくないだろうが、ベンダーによる「ロック・イン」と「技術革新といっそうのオープン化」というITの歴史を再認識することで、今後のIT戦略が見えてくるかもしれない。
互換性を実現して大ヒットした
IBMのメインフレーム
安延 申
1978年東京大学経済学部卒業後、通商産業省(現経済産業省)入省。機械情報産業局情報処理振興課長、同電子政策課長などを歴任。IT戦略本部の創設や沖縄サミットIT憲章の起草などを手がける。2000年に通商産業省退職後、ITを中心とするコンサルティング事業を立ち上げる一方で、スタンフォード大学日本センター研究所長にも就任。2007年1月より現職。
ITの歴史は、ロック・インとオープン化の歴史でもある。ユーザー囲い込み戦略、囲い込みからの解放をアピールしてユーザーを引きつける戦略。この二者の間で振り子のような動きを繰り返してきたITの歴史に、新しいページが加わろうとしている。それがクラウド・コンピューティングである。
1960年代まで、ユーザーはコンピュータに大きな不満を感じていた。第一に、同じメーカーの製品であっても、機種が違えばプログラムを載せ換えることが難しかった。第二に、入力装置や出力装置などの周辺機器とコンピュータ本体をつなぐために、相当な手間とコストがかかっていた。
そんな時代に登場して大ヒットしたのが、小型から大型まで六つの主力機種を持つIBMのメインフレーム〈System/360〉である。事業の成長に合わせて小型から中型、大型へと乗り換えたいユーザーは、既存プログラムを使い続けることができる。購入済みの入出力装置などを買い換える必要もない。
その後、ハードウエアの性能は急速に向上し、各社は低価格のコンピュータを次々に市場投入した。「安い他社製品に乗り換えたい」というIBMユーザーも現れたが、長年蓄積したプログラム資産を他社製コンピュータ向けに変換するには多大なコストを要する。
このようなハードルを設けてユーザーを囲い込むのが、ロック・イン・アプローチである。念のために付言すると、私はこれを批判しているわけではない。完全競争市場で利益の逓減を回避するベンダーの戦略としては、当然と言えば当然である。逆に言えば、ユーザー側の経営戦略のカギは、「どこまでオープン化を求めるか」「どこまでブラック・ボックスを容認するか」という判断でもある。
マイクロソフトに見る
オープン戦略の成功
IBMの牙城を切り崩したのは、マイクロソフトである。同社は汎用OSのインターフェースを公開し、社外の技術や製品を上手に巻き込んだ。多数のソフトウエア企業が〈Windows〉向けのアプリケーションを開発。そこから、ユーザーは最適のものを選ぶことができ、マイクロソフトは、こうしたアプリケーションの豊富さによって競争力を強化できたのである。