「政治とカネ」問題の本質
政治家にどこまで「クリーンさ」を求めるか

 今回の一件で、あたかもすべての政治家がカネに汚いという印象が流布してしまうのは残念である。

 実は、多くの政治家はそんなに多額のお金を集められるわけではない。特に若手を中心に多くの政治家は自己資金で政治活動を行っている場合も少なくない。その場合は政治資金を何に使おうが、元をたどれば自分のお金なわけで、さほど大きな問題にはならない。そもそも美術品を買う余裕などない。

 大物政治家ほど「せこい」事件が起きるのは、ある意味で「お金が集まる」からこそ生じる現象でもある。

 政治活動にはお金がかかる。いくらかけるかは個人差があるが、必要経費が発生することは事実だし、人間である以上生活もしなくてはいけない。こういった必要経費をどのように手当するのが公平なのか。

 究極的には、政治家個人の倫理観に委ねるしかない。どんな優れた制度でも抜け道を作ることはたやすい。せっかくリーダーになったのだから、小難しい法律論や弁解を振りかざすのではなく、高い倫理観を持って職責にあたってほしい。

 ただし、もちろん制度的な担保も設計せねばなるまい。筆者はコンサルタントだった時代、メーカーの内部統制の仕事に携わったことがある。不正が起きないように社内業務を業務フローに落とし込み、関係者や経営層と話し合いながらリスクアセスメントを行うことで、組織のルールやガバナンスを構築する。政治の世界もブラックボックス化させないよう、たとえば経理・財務を各事務所に委ねるではなく一括で管理したり、人の質を確保するための研修会の実施やシステム化も検討すべきだ。

 さらに、会計担当秘書を設置したり、定期的な監査制度を導入するべきだ。今も政治団体は税理士による監査を受けているはずだが、今回の事件からもわかるように形骸化していると言わざるを得ない。問題となっている政治団体の監査人も糾弾されるべきだろう。

 また、収支報告書も公開されているものの、団体名に政治家個人の名前が入っていないものも多く、選挙管理委員会のホームページを訪れても、どれが誰の報告書なのか、実にわかりにくい。国会議員関係の政治団体ならば1万円以下、それ以外なら5万円以下の支出についてはすべてを足し合わせた金額のみを報告すればよく、上で例示した通り、ザル法と言わざるを得ない。

 一方で、我々有権者は「どこまで政治家にクリーンさを求めるか」について真剣に議論した方がよい。政治家事務所の秘書やスタッフが、領収書を集めたり、公開書類を作成することばかり時間やコストをかけているようでは、一体何のための政治活動なのか、わからなくなってしまう。

 リオ・オリンピックを目前にして、国営石油公社をめぐる汚職事件で有力な政治家たちが失脚し、政権運営が危うくなっているのがブラジルだ。この現状を見ると、4年後の東京オリンピックで同じ轍を踏まないために、今、抜本的な「精査」を行うべき時が来ている。