実際に筆者の周りを調査してみると、「二流の生き方」を選んだ人は少なからずいた。彼らはみな、満足いく生活を送っているという。幸せの定義は人それぞれだが、「一流ではなく、二流の方が幸せになれる」と考える彼らの話は、人生設計を考える上で参考になるはずだ。

 そこで本記事では、一流でも三流でもなく「二流」の生き方を選んだ人たちのエピソードをいくつか紹介し、その価値観やメリットを分析したい。

若いうちに出世コースから離脱
その先には趣味と家庭の幸せな人生が

 まず紹介するのは、すでに会社を定年退職したSさん(60代男性)。山梨県の地元企業に高卒で入った彼は、入社後、予想外にも「出世ライン」に立たされたという。そしてそこで、彼は早くも二流の生き方を選んだ。

「入社してすぐ、横浜、東京、米国と2年ごとに赴任しました。そこまでは、『頑張って経験を積もう』と前向きにやっていたんです。しかし、米国赴任が終わりにさしかかったとき、本社から『君がよければ、あと2年米国にいてほしい』と言われました。会社にとっては期待を込めた決断でしたが、私はショックでした」(Sさん)

 高卒から一気に各地を転々とし、異国でも2年を過ごしたSさん。日々が一変し、自分のリズムで生活できなくなった彼にとって、「あと2年米国に住むという未来は、地獄だった」という。「本社から打診された後、何気なく海を見たら涙が出ました。心から『日本に帰りたい』と思ったんです。そのとき、『こんな人生はやめよう』と腹をくくりました」と当時を振り返る。

「本社には『これ以上米国滞在はできません』と言い、日本に帰ってきました。以降、仕事はきちんとやりましたが、管理職への昇進は決してしませんでした。何度か要請されたものの、その度に断ったんです。自分の人生を、会社に捧げることはどうしてもできませんでした。40代後半からは、会社側も諦めたのか、私に出世の話を持ってこなくなりました」(Sさん)

 Sさんは、それからゴルフやラリーのレースに参加するなど、趣味を楽しんだという。家にあるラリー雑誌には、彼が映った写真が掲載されている。

 “父”としての責任も果たした。30代前半で結婚すると、2人の子どもは大学を卒業。すでに社会人となって、自分の手を離れた。「子どもが一番可愛いとき、毎週休日を一緒に過ごせたのは財産。仕事人間になっていたら、それはできなかったかも」と、二流の恩恵を感じている。