その結果、プロジェクトに残された目標は「往復飛行」のみ。しかし、ここにも重大な危機が訪れていた。はやぶさから送られてきた電波が、強弱を繰り返すようになっていたのだ。不時着した際に破損したようで、燃料タンクから燃料が噴出。その勢いでバランスを失っていた。太陽電池パネルも太陽に向けることができなくなる。このままでは電力はいずれ枯渇し、通信不能となってしまう。

 そして、2005年12月9日。「はやぶさ」からの電波は、ついに完全に途絶えてしまった。

チーム解散の危機も。
諦めなかったリーダーの熱意

 仕事をしたくても、することのない日々。メンバーの足は管制室から次第に遠のいていった。プロジェクトの打ち切りもささやかれるようになった。

「チームは船がないわけですから、仕事がない。どんどん人心が離れていく。プロジェクトとして成立しなくなってくるわけですよね」(國中均さん)

 しかし、リーダーの川口さんは諦めていなかった。離れていくメンバーの心をつなぎ止めるために、川口さんは「はやぶさ」が見つかる可能性を、具体的にメンバーに示そうとした。

 この時の「はやぶさ」は、バランスを失いながら、太陽の周りを回っていると考えられていた。ならば、太陽電池パネルが太陽の方向に向きさえすれば、電力を回復できるはずだ。さらにその時、アンテナが地球に向く瞬間と重なれば、「はやぶさ」と通信できるチャンスが生まれる。

 そこで川口さんは、「はやぶさ」との通信が可能になる確率をはじき出した。その結果、1年間待ち続ければ、可能性は6割にまで高まることが判明。川口さんはメンバーを集め、そのデータを見せた。

「チャンスは6割。これを生かすも殺すもわれわれ次第だ」

 川口さんが示したこの「可能性」は、メンバーたちを動かした。チームの総力を挙げて、「はやぶさ」の捜索が始まった。広い宇宙に向けて、休みなく指令を送り続けた。

「はやぶさ、応答せよ!」

 捜索を始めて47日目。それは、突然やってきた。無数の電波の中、チームの呼びかけに応えた「はやぶさ」の信号が現れたのだった。

 さらに、川口さんは、メンバーたちに、もう1つの「可能性」を示そうとしていた。それは、採取できなかったと諦めていたイトカワの砂だった。

 川口さんは担当の矢野さんを岐阜県の実験施設に向かわせた。はやぶさが不時着した時、どのくらい砂が跳ね上がるのかを確かめようというのだった。その結果、100秒間あれば、砂が「はやぶさ」のカプセルの高さまで届くことが判明。イトカワに不時着していた30分間に、砂を採取できていた可能性があることが確かめられたのだ。

 「往復飛行」と「砂の採取」。プロジェクト崩壊の崖っぷちで、「2つの希望」は蘇った。