ファイナンスのプロが<br />個人資産の9割を「○○」で持つ理由<br />【特別対談】楠木建 × 野口真人(第2/3回)

【野口】でも、自分が本当に好きなものを探すのって、やっぱり大変ですよね。「好きなようにしてください」と言われても、そもそも何が好きなのかが自分でもわからないっていう人が多いんじゃないかなって思います。

【楠木】好きなものを探すのが難しかったら、「嫌いなことをしない」ということからでもいいんです。嫌いなことなのに「なんか、これが世間的によいことだといわれているから」ってなんとなく始めてしまうと、いつか結局、合わないなと感じて、努力が続かなくなる。

【野口】確かにそうですね。

【楠木】何が好きかはわからなくても、やっぱり人間は「よいといわれていること」をやりがちなんですよね。そこは意識的に、自分の「好き嫌い」の軸を優先したほうがいいんじゃないかと思います。

他人に決めてもらうのも、ひとつの幸せ?

【野口】ただ、たとえば大企業に就職した場合は、自分の希望が通らずに、誰かに配属を決められてしまうことも多いですよね。「自分の希望が通らないから、好きなことができない」という相談はないんですか?

【楠木】ありますけど、なかには「他人に決めてもらって、それに文句を言いながら従うのがいい」っていう人も結構いるんですよね。これは大昔から議論になっている哲学的な話で。『自発的隷従論』(エティエンヌ・ド・ラ・ボエシ著/ちくま学芸文庫)っていうすごいタイトルの本があるんですよ。「自発的な隷従」は人間が潜在的に強く持っている本能で、配属の希望が叶わなくて「嫌だよ、あんな部署行きたくねぇよ、ちくしょう」って文句を言いながら、それでも会社に従っているのが、じつはそんなに嫌いじゃない人もいるでしょという話なんです。
これは超名著ですね。エティエンヌ・ド・ラ・ボエシは16世紀の人ですが、18歳のときにこの本を書いています。

【野口】18歳で!天才ですね。その時代だと、身分制度と何か関係があるんでしょうか。

ファイナンスのプロが<br />個人資産の9割を「○○」で持つ理由<br />【特別対談】楠木建 × 野口真人(第2/3回)

【楠木】なぜ当時、独裁制や王制みたいなやり方が安定的に存在できていたかというと、「王様がものすごいパワーで制圧してるから」では必ずしもないんですね。それは物事の半面にしか過ぎない。それと同時に「人々が自発的に隷従するのを望むから」なんです。王様はその人々のニーズに応えている。そういう見方ですね。

【野口】でもこの場合、身分制度が絶対的なだけで、本人はそんなに喜んで従っているわけではない可能性もありますよね。

【楠木】いや、それはね、僕に言わせると、「嫌いじゃない」(笑)。「嫌よ、嫌よも好きのうち」ですね。

【野口】なるほど。触るだけで身の毛がよだつようなもの以外は、何となく好きになっていく力も、もしかしたら人間にはあるのかもしれないですね。そういう人が多ければ多いほど、大企業ではある程度うまくいくし。

【楠木】そうですね。あと、エーリッヒ・フロムの『自由からの逃走』みたいな話があるじゃないですか。いきなり「はい、すべてあなたの自由ですよ」って言われるのは、やはり人間、しんどい部分があるのかもしれません。誰も善し悪しを言ってくれないから、自分の価値基準をもとに判断していかなければいけない。多くの人は、自分の価値基準がそこまで確立できていないから、「どうぞ自由に」とか「好きなようにしてください」って言われても、しんどいと感じる部分があるんでしょうね。