『ストーリーとしての競争戦略』などのベストセラーで知られる楠木建氏(一橋大学大学院教授)が最近「モノが違う!」と絶賛した一冊がある。発売からわずか1ヵ月半で4刷まで重版が決定したファイナンス入門書『あれか、これか』だ。
『好きなようにしてください』『「好き嫌い」と才能』など、「好き」を価値判断の基準として掲げてきた楠木氏は、すべてを「カネ」に置き換えるファイナンス理論のどこに面白さを感じたのか?
ファイナンスのプロ・野口真人氏と経営学者・楠木建氏の対談を、全3回にわたってお送りしていく。(撮影/宇佐見利明 構成/前田浩弥 聞き手/藤田悠)
ファイナンスと会計は「逆」を向いている
一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授
1964年東京都生まれ。92年一橋大学大学院商学研究科博士課程修了。一橋大学商学部助教授・同イノベーション研究センター助教授などを経て、2010年より現職。専攻は競争戦略とイノベーション。
著書に『ストーリーとしての競争戦略』『「好き嫌い」と経営』『「好き嫌い」と才能』(以上、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください』(ダイヤモンド社)、『経営センスの論理』(新潮新書)、『戦略読書日記』(プレジデント社)、Dynamics of Knowledge, Corporate Systems and Innovation、Management of Technology and Innovation in Japan(ともに共著、Springer)などがある。
【楠木建(以下、楠木)】野口さんのご著書は何冊も拝読してきましたが、その中でも『あれか、これか』はダントツに面白い。ファイナンスの考え方の根本の部分がわかる1冊だと思いました。
【野口真人(以下、野口)】ありがとうございます。
【楠木】帯で「4つのノーベル賞理論がこれ1冊で」と謳われているとおり、本の後半で書かれていたその4つの理論の説明がとてもわかりやすいのですが、僕にとってとくに面白かったのは、第3章までの前半部分ですね。
【野口】とくにどのような部分に価値を感じていただけたのですか?
【楠木】いちばん画期的だったのは、「ファイナンス」と「会計」の位置関係ですよね。「ファイナンスって何ですか?」という問いに、この本は「会計の逆なんです」と答えている。
僕もファイナンスについては多少のことは知っているんですが、それまでは明確につかみきれていなかったファイナンスの「本質」の部分が、『あれか、これか』の前半を読んでしっくりきたんです。「ファイナンスは会計の逆」。これが、ファイナンスの本質をいちばんわかりやすく伝える説明だなと。どうしてこれまで、こうやって説明する人がいなかったのかな思いますね。
【野口】ありがとうございます。
【楠木】ファイナンスというと、一般的には「財テク」のイメージがあるんです。「どうやってお金を儲けるのか」とか「カネ勘定」とか、数字をこね回してどう増やすかというイメージがある。しかしこれは、実際にはファイナンスではなく会計の話ですね。
ファイナンスというのは「お金をどうやって使うのか」という話で、「現金で持っているのがいちばんの価値だ」という会計の考え方とは逆のものとして考えるとわかりやすい。ファイナンスでは「ヒト・モノ・カネ」というように人が最初にくるのに、会計では「カネ・モノ・ヒト」という順番になり、現預金が最初にくる。ファイナンスと会計は、まさに逆の関係なんですよね。
【野口】そうなんです。こうして両者の位置関係を考えながら学べばわかりやすいのに、大学でもMBAスクールでも、教える側が会計とファイナンスを別々に分けて教えていて、変な壁があるんですよ。だから、学ぶ側も頭に入りづらいんです。
【楠木】ファイナンスと会計は、壁をつくって別々に学ぶものではなく、本来は『あれか、これか』で書かれているように、「ファイナンスを知れば会計の本質がわかる、会計を知ればファイナンスの本質がわかる」という、裏表の関係なんですよね。野口さんの説明の仕方がいちばん腑に落ちました。