『ストーリーとしての競争戦略』などのベストセラーで知られる楠木建氏(一橋大学大学院教授)が最近「モノが違う!」と絶賛した一冊がある。発売からわずか1ヵ月半で4刷まで重版が決定したファイナンス入門書『あれか、これか』だ。
『好きなようにしてください』『「好き嫌い」と才能』など、「好き」を価値判断の基準として掲げてきた楠木氏は、すべてを「カネ」に置き換えるファイナンス理論のどこに面白さを感じたのか?
ファイナンスのプロ・野口真人氏と経営学者・楠木建氏の対談を、全3回にわたってお送りしていく。いよいよ今回が最終回。(撮影/宇佐見利明 構成/前田浩弥 聞き手/藤田悠)
▼【特別対談】楠木建 × 野口真人(前回までの記事)▼
「好き」か「カネ」か、人生の基準は?(第1回)
https://diamond.jp/articles/-/92873
ファイナンスが個人資産の9割を「○○」で持つ理由(第2回)
https://diamond.jp/articles/-/92874
ファイナンスは「発明」ではなく
「発見」の学問
一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授
1964年東京都生まれ。92年一橋大学大学院商学研究科博士課程修了。一橋大学商学部助教授・同イノベーション研究センター助教授などを経て、2010年より現職。専攻は競争戦略とイノベーション。
著書に『ストーリーとしての競争戦略』『「好き嫌い」と経営』『「好き嫌い」と才能』(以上、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください』(ダイヤモンド社)、『経営センスの論理』(新潮新書)、『戦略読書日記』(プレジデント社)、Dynamics of Knowledge, Corporate Systems and Innovation、Management of Technology and Innovation in Japan(ともに共著、Springer)などがある。
【野口】ファイナンス理論って、比較的新しい学問ではありますけれど、同時に「古い」部分もあると僕は考えています。たとえば、たぶんこの数十年で、CAPM(資本資産価格モデル:Capital Asset Pricing Model)に代わる理論は何も出てきていない。
これはなぜかというと、ファイナンスという学問は本質的には、昔からある1つの真理を、ある時代にパッとえぐりだしたものだからです。これは、ウィリアム・シャープとか、ハリー・マーコウィッツといった、ノーベル賞を受賞するようなすごい理論であっても同じ。
だからこの学問は、世の中になかったものを生みだす「発明」ではなく、それまで世の中に知られていなかったものを見つける「発見」の学問なのかなと思います。だから新しいものはもう出てこないし、ある意味、学問としては完結してしまっています。「CAPMの修正版」とか、そのようなものがたくさん出てくるんですけど、CAPMに替わる新理論は出てこないんです。
【楠木】そうでしょうね。
【野口】一方で、だからこそファイナンスの本を書く以上、わかりやすくて面白いものにせねばという思いがありました。この対談の第1回で、「どうして『あれか、これか』のようなわかりやすい説明をする本がなかったのか」と楠木先生からお褒めの言葉をいただきましたが、この本には当然、新しい理論は1つも入ってないんです。その分、その伝統的な理論を、どう表現するかという部分で勝負しようと思っていました。
【楠木】そうですよね。ファイナンスの考え方自体はもう、人間社会に貨幣が入り込んできたあたりから潜在的には存在していたんでしょうけれど、それを最も的確にえぐり出したのがファイナンス理論なんでしょうね。「理論を創造した」のではなく「的確にえぐり出した」。野口さんが「発明」ではなく「発見」の学問とおっしゃるのはここなんですね。