【楠木】だから、やっぱりFXをガンガンやってる人たち、「昨日はこれだけ勝った。今日はこれだけ負けた」って毎日一喜一憂している人たちに『あれか、これか』を読んでもらったら、面白いですよね。
【野口】本当にそうですね。
【楠木】そういう人に「自分のやってることをどう思います?」と聞くと、たぶんこう答える人が多いと思うんですよ。「いや、俺がFXをやってるのは、このハラハラドキドキ一喜一憂のプロセスが楽しいのであって、カネのためにやってんじゃねえんだ」って。
【野口】そういう人も多いと思いますね。
【楠木】「このハラハラドキドキこそがプライスレスなんだ」と。そうなるともう「運用してお金を増やす」という視点とは別物ですよね。運用した結果ではなく、運用のプロセスによって報われてしまっているから。
【野口】ギャンブル依存症のようなものなのかもしれませんね。
【楠木】そう。でも面白いですよね。いかにもカネのことばっかり気にしていそうな、FXのデイトレーダーが、じつはプライスレスなことに価値を感じていたり、そうかと思えば一方で、表向きは「お金よりも大切なモノがある」なんて言っている人のほうがよっぽどカネの亡者だったりするわけですから。
こういう「人間の価値観の深さ」を考えさせてくれるところが、類書にはない『あれか、これか』の面白い部分なんですよ。ファイナンスの人間臭さを改めて感じました。普通のファイナンス解説書を読んでも、そんなことは考えない。
【編集担当 藤田】そう思います。企画段階から野口さんともそういうお話をしていて、ファイナンスって一見、すごく冷たい学問に思えるけれど、実はとても奥が深い。価値をめぐる哲学的な問題に触れている学問だなと思いました。
【野口】楠木先生が教えていらっしゃる一橋大学でもそうかもしれないですけど、僕がいま教えているグロービスだと、ファイナンスっていちばん人気のない科目の一つなんですよ。マーケティングや戦略は、社会人として何年かやっている人たちからすれば入り込みやすいじゃないですか。でもファイナンスは、なかなかその世界に入り込めない。人によってはさっぱり理解できないという人もいます。
【楠木】ちょっと数式が複雑だったりしますから、たしかに難しそうなイメージがついてしまっているかもしれませんね。
【野口】そう、イメージなんですよ。それがある種の数字アレルギーを引き起こしているんですよね。これをどう打破して、ファイナンスの「人間臭さ」を伝えていくか。これが自分の役割だと考えています。
(対談おわり)