しかし、こうしたケースは、氷山の一角であろうことは推測できる。また、将来、増えることも予想される。

 地域で誰かとつながっていれば、ここまで追い詰められずに済んだかもしれない。裏を返せば、このような家族に対するセーフティーネットが何も機能していなかったということの表れでもある。

 生活保護の制度は、家族と同居していたり、持ち家に住んでいたりすると、受けることができない。実家から追い出された当事者が、やっとの思いで生活保護を申請したら、家族によって「援助するから受給の必要はない」と拒否されたケースもあるという。身内から生活保護受給者を出したくないという家族の「妨害行動」だったのかもしれない。

 地域共同体が崩壊したいま、古い時代に前提としていた社会の仕組みそのものを見直すべきときに来ている。

 様々な理由から「世間」を恐れ、孤立した個々が、再び社会とつながっていくためには、どうすればよいのか。

 高度経済成長期のように、皆で大きな夢を見ていこうという時代は、とっくに終わっていた。いまから考えてみれば、不人気で廃止された厚労省の無業者対策である「若者自立塾」のような集団生活スタイルも、ひと昔前の発想だったのかもしれない。

 次々に明るみに出る「所在不明高齢者」の問題も、数多く生み出され続ける「引きこもり」の背景も、社会的弱者が追い詰められるこの国の制度欠陥を微妙に投影したものだ。

 これから先、地域共同体に代わって、個々が社会とつながるための新しいコミュニティのあり方をどう構築すべきなのか。国は早急に考えていく必要がある。

7月10日に発売された拙著『ドキュメント ひきこもり~「長期化」と「高年齢化」の実態~』(宝島社新書)では、このように、いまの日本という国が、膨大な数の「引きこもり」を輩出し続ける根源的な問いを追い求め、当事者や家族らの語る“壮絶な現場”をリポートしています。ぜひご一読ください。