そのまま立ち去ろうとするダイアナを呼びとめて私は言った。
「ダイアナ、私……ずっと、もう一度謝りたくて……。あのときは怒鳴ったりして本当にごめんなさい。私もいろいろなことが続いて、心に余裕がなかったの。それが言い訳にならないのはわかっているけど、私ったら何も知らずに……」
「いいのよ。もう私も気にしてない。それに、あのときのミスは、明らかに私に落ち度があったわけだし」
ダイアナはふっと力を抜いて微笑んだ。彼女の笑顔を見たのは初めてだった。厚化粧で不機嫌そうな表情をしているときには気づかなかったが、彼女も若いころには相当な美人だったに違いなかった。
* * *
「食事についても、いろんな方法があるわ。菜食主義、穀類中心、身体の酸性度を下げるものなどなど。地中海地方の食生活がストレスにも心臓にもいいというデータもあるのよ[*1]。ただ、まだ科学的なエビデンスが不十分なものも多いから、注意は必要ね」
Quirk, Shae E., et al. “The association between diet quality, dietary patterns and depression in adults: a systematic review.” BMC Psychiatry 13.1 (2013).
Estruch, Ramón, et al. “Primary prevention of cardiovascular disease with a Mediterranean diet.” New England Journal of Medicine 368.14 (2013): 1279-1290.
まだ誰もいないバックヤードで、私はダイアナに講義をしていた。
「あなたがカルロスたちとやってる瞑想、あれってマインドフルネスでしょう?」
きっかけになったのはダイアナのそのひと言だった。ダイアナは以前からマインドフルネスに興味があって、個人的にいろいろな情報を集めていたらしい。うれしくなった私は、ストレスと疲労を抱えたダイアナの役に立ちそうな情報を伝えることにした。といっても、全部、ヨーダから昨日聞いた話だ。
「地中海地方の食事って?」
ダイアナの質問に私はこんなリストで答えた。
・ 毎日摂取したほうがいいもの ― 野菜、果物、ナッツ類、豆類、イモ類、全粒穀物、魚、エクストラ・バージン・オリーブオイル、チーズ、ヨーグルト
・ ほどよく摂取したほうがいいもの ー 鶏肉、卵
・ 摂取を極力控えるべきもの ― 赤身肉
「カロリー制限や水分補給も、脳の疲労回復のためには大事だと言われているわ」
私は続けた。「それ以外で、脳にプラスの影響がありそうなのは、果物・緑茶などに含まれるフラボノイド、ジンセン(高麗人参)やギンコウ(イチョウ)といったハーブ、魚油などに含まれるオメガ3脂肪酸などね[*2]。あと、最近ホットな話題は、腸内細菌叢を整えると脳にいいってことで、発酵食品なんかもオススメよ[*3]。
*3 Dash, Sarah, et al. “The gut microbiome and diet in psychiatry: focus on depression.” Current Opinion in Psychiatry 28.1 (2015): 1-6.
避けたほうがいいことがはっきりしているのは肥満。肥満はうつ病の温床であり、同時にうつ病の結果でもあることが知られているの。とくに衝動食いなどの食行動を減らすことが大事ね。
ここでもマインドフルネスが役に立つってわけ。『食べたいな』という感覚が生まれたら、そこに注意を向けるの。マインドフルネスや認知療法との組み合わせによって、実際に食行動を改善できるという研究もあるくらいよ。20以上の研究のメタ解析によると、80%以上の研究で過食や感情的な食行動が改善していたというから、これはバカにならない結果よね[*4]」
ダイアナは私よりもよっぽどマインドフルネスに興味があったらしく、メモを取りながら話を聞いている。