なんとか言葉を絞り出しても、ブラッドはさらに意地の悪い様子でたたみかけてくる。
「いや、あんたにはここがお似合いだよ。おれにとっては小銭稼ぎにすぎないがね」
「ブラッド、いい加減にして!仕事に専念して」
私は声の震えを抑えながら答える。が、彼の毒舌はとまらなかった。
「あの、マインドフルネス……だっけ?クリスに聞いたが、あんたの父親は仏教の坊主なんだってな。なるほど、道理で『東洋の神秘』がお似合いなわけだよ!」
もう何をやっても無駄だった。その瞬間に私の怒りは爆発し、彼に向かって何か怒鳴りつけていた。ろれつが回らず、自分でも何を叫んでいるのかわからない。
「ガシャーン!!」という音が聞こえ、食器と食事が床に散乱した。ブラッドが持っていたトレイを私がはたき落としたらしい。
その音で我に返ると、スタッフ全員が唖然としてこちらを見ていた。私は何も言わずにそのままバックヤードに逃げ込み、裏口から店の外に飛び出した。
* * *
「怒りはな、脳が自分を守るために発動させる『緊急モード』の一種じゃ」
いつものように緑茶を淹れてくれたヨーダが言う。
「以前にも触れた扁桃体が、ここでも主役じゃな。扁桃体は外部から過度の刺激を受けると、脳全体を乗っ取って暴走をはじめる。扁桃体ハイジャックなどとも呼ばれるが、じつはこれが怒りの正体じゃ[*01]。扁桃体が暴走すると、アドレナリンが分泌されて脳の思考活動が抑制されるので、前後の見境がなくなったりもする。今回のナツのようにな……。
怒りは瞬間的な感情じゃし、背景が複雑だったりもするので、臨床の場でも治療に苦労しているのが現状じゃ。最近では、認知療法に基づいた『アンガー・マネジメント』プログラムが注目されたりもしているが、正直言って、効果はいまひとつじゃな」
マインドフルネスによって自分をコントロールできるようになってきた――そんな手応えが私の中には生まれはじめていた。しかし、今回のブラッドとの一件で、芽生えかけていた自信は瓦解していた。