目的意識のある人ほど「怒り」に注意
「まさにそこなんじゃよ。いつもゴールばかりを見すぎとらんか?何かを成し遂げることにとらわれている状態を、タスク・オリエンティッドというが、ナツは間違いなくそういう傾向が強い人間じゃ。
いいか、山を登るときには周りの景色も見てみるといいぞ。足元に生えている草花も忘れてはいかん。タスク・オリエンティッドが過ぎると、ゆとりがなくなる。すると、そこから怒りが生まれる、というわけじゃ。
牧師になろうとしてる学生たちを対象にした実験を聞いたことがあるか?学生を2つのグループに分けて、一方には『○○時までに次のクラスの教室に行きなさい』と伝える。もう一方のグループにも教室は教えるが、時間を指定しない。どちらのグループも、教室の移動中に困っている人に遭遇するようにしたところ、時間を指定されたグループのほうが手助けをしなかったという。
牧師を目指すような人間ですら、タスクがより明瞭に意識された、ゆとりがなくなった途端に、自分たちがなろうとしている職業の本質を忘れてしまうというわけじゃよ[*03]」
* * *
週明けの朝、〈モーメント〉に向かう私の心は再び落ち着きを取り戻していた。交差点の横断歩道の手前まで来ると、ちょうど赤信号につかまる。いつもなら時計やスマートフォンを見てしまうところだが、私は空を見上げた。朝の心地よい空気と清々しい青空。思えばアメリカに来て空を見上げたことなどなかったかもしれない。
「信号待ちは儲けものじゃよ……空を見るにはうってつけの時間じゃからな」
ヨーダからの助言をあまりに忠実に守る自分がなんだかおかしかったが、不思議と心の中にはゆとりが生まれていた。
店のみんなが集まったところで、私はスタッフたちに頭を下げた。最後にブラッドにも謝罪の言葉を伝える。彼は相変わらず皮肉っぽい表情を浮かべており、私の言葉をまともに受けとめるつもりはないらしい。
「(もうっ!!……こっちは謝っているっていうのに……!)」
再び頭に血がのぼるようなあの感覚が襲ってきたが、ヨーダに教わったRAINをやると、感情が少しずつ落ち着いてくるのがわかった。
私が顔色一つ変えないのが残念だったのだろうか、ブラッドは不満そうな顔をしている。また何か憎まれ口を叩くつもりだろうか。
「誰だって、ついカッとなることくらいあるさ」
何か言いかけたブラッドを遮ったのは、意外にもクリスの言葉だった。以前のように私に対して露骨に反発することはなくなったものの、東洋的なものを私と同じくらい嫌悪しているクリスは、いまだに朝の瞑想には参加しようとしない。その彼がこのタイミングで発言したことに誰もが驚いていた。
「おれだって怒りがとまらなくなることがあるからな……」
私は思わずクリスのほうを見た。次の言葉が見つからなかった彼は、ふいに顔を赤らめて目を伏せたものの、不器用な彼の気持ちは私にも痛いほどよくわかった。厳格な日本人の父に抑圧されて育った私たちは似た者同士だ。私がブラッドに対する怒りを克服しようとする姿を見て、クリスも何かしら思うところがあったに違いなかった。