そのマツキヨは立地重視の店舗展開のもと、人が大勢集まるエリアめがけて出店攻勢をかけるのが得意だ。心斎橋店を開店したのはインバウンドが緒に就く以前の2002年。当時、中国では富裕層という言葉すらなく、誰もが生活に必死だった時代である。

 その後2007年、同店は銀聯カードの決済システムを導入する。銀聯カードは2005年12月に、三井住友カードが日本で初めて取り扱いをスタートした。当時まだ人口に膾炙したサービスではなかったが、マツキヨ心斎橋店はこの銀聯カードを真っ先に取り入れた。

 マツモトキヨシは中国語で「松本清(ソンベンチン)」と呼ぶが、「今や中国人で松本清を知らない人はいない」とまで言われる存在となった。しかし、知名度向上を狙った広告宣伝費など一度も投入したことはない。

 心血を注いだのは、銀聯カードから得られた顧客データの分析だ。マツモトキヨシホールディングスの高橋伸治広報室長は次のように話す。

「銀聯カードの顧客データを丁寧に分析し売れ筋やその変化をつかむ、これを中国人客向けの品ぞろえに反映してきたのです。他社に先駆け早い段階で取り入れた『お土産セット』も大好評でした」

 買い物時間に限りのある観光客に、いかに効率的な売り場を提供するか。立地戦略と銀聯カード戦略――、勝ち組筆頭格となったマツモトキヨシの原点には、この2つの戦略があった。

スーパーの勝ち組はイオン

 日本の小売り2強といえば、セブン&アイ・ホールディングスとイオングループだが、インバウンド需要の波にうまく乗ったのがイオンだ。爆買い客を乗せたクルーズ船の寄港を、沖縄や鹿児島などのイオンモールが総なめにした。

 イオンにはこんな神風も吹いた。2015年5月、ふだんは中国人客にはあまり縁のない鳥取県だが、上海から出発した大型クルーズ船「クォンタムオブザシーズ」が、韓国でMARSが流行したことを理由に、釜山を回避し境港に入ってきたのである。この寄港とともに4000人の観光客が「イオンモール日吉津」(西伯郡日吉津村)に押し寄せた。