経営×統計学

もう、ほっ統計(とけ)ない!──統計的思考を鍛える 俗説バスター統山計子

自転車事故は急増中で
少年はアブナくなった

 「危ない!」

 交差点にタイヤがきしむ音が響く。計子の父の運転する車は猛スピードで横切った自転車にぶつかるところだった。

 「おっさん、気を付けろよな!」。父が急ブレーキを踏まなかったら命はなかったが、少年は感謝するどころか、捨てぜりふと共に去っていった。

 「ったく、最近の若者は……」と父が言えば、母も「自転車ブームで事故が増えてるって新聞に書いてあったわ」と相づちを打つ。

 「もう、ほっ統計(とけ)ない!」と言いたい気持ちもあったが、計子は(まあ、あの少年は確かにひどいわね)と思い、黙っていた。

 「戦前の子供はもっときちんとしていたんですよね、お母さん?」。父の問いかけに祖母も言いたいことがありそうだったが、このタイミングで父を諭すのは気が引けたのか、ただ車の外を眺めていた。

 弟の圭は窓を開けて、走り去る少年の背中に向かって「気を付けろよ、このバ~カ」と言ったところを、「これっ」と祖母に頭をたたかれ、たしなめられていた。

 車は、中華料理店に着いた。弟の就職先が決まったことと、計子のお見合いが無事(?)破談になったことを祝うためだ。

 席に着き、料理や酒が運ばれても、父の若者への不満は収まらない。ほろ酔い加減でぽつりぽつりと語り続けている。

 「まったく、最近の若いのは、しょうがないね。自転車一つきちんと乗れないのかね。この間も若者の凶悪犯罪が増えてるって、ワイドショーでは言っていたし。いじめだって、新聞によれば20倍に増えた地域もあるっていうじゃないか。あ、お母さん、今日は飲んじゃったから、帰りの運転頼むね」

 数字に強いが酒には弱い。紹興酒のぬる燗が統計魂に火を付けた。「あ~! もう、ほっ統計(とけ)ない!」。計子は円卓を回転させながら立ち上がった。

 「お父さん、さっきは災難だったけど、でも、ウソは駄目! 自転車の事故は増えてないわ。むしろ減っているの。“事故全体の中での割合”が増えているだけよ」

 「でも、新聞やテレビで言っていた気がするけどなあ」。普段ならすぐに引っ込む父だが、今日はしぶとい。

 「それはテレビや新聞が都合よく解釈して報道しているのよ。少年犯罪だってそう。実際には数も減っているし、犯罪の質が凶悪化しているということもないわ」

 11年某月某日。大手通信社が配信した記事のタイトルは「自転車事故過去最悪ペース=通勤利用影響か、対策強化へ警視庁」というものだった。このタイトルを見て自転車事故と死亡者数が減っていると思う読者はいないだろう。ところが、実際に減っているのだ。

 警視庁によると07年の自転車事故は約2万2500件で、11年は約2万0500件に減少、同様に負傷者数、死亡者数も減っている。

 しかし、当時は、自転車ブームで通勤に利用する人が増えたが、弊害も大きいという趣旨の報道が増えていた。どうしてもその趣旨に沿うようにしたかったのだろう。

 からくりはこうだ。全体の交通事故は自転車事故の減少よりも大きく減っているため、全体に占める自転車の割合が増えているのだ。だから「最悪ペース」という歯切れの悪い表現になったのだろう。恣意的な引用には注意が必要だ。

 また、昔の若者のほうが行儀がよかったというのも信じ難い。事実、犯罪を犯した少年の数は戦前と比較すると、現在のほうが少ないか横ばいというレベルだ。そればかりか『戦前の少年犯罪』(管賀江留郎著/築地書館)には、戦前には小学校低学年が猟銃で子供を殺した例、少年の老婆への強盗殺人など凄惨な事例が並んでいる。女学生の売春の例も目立つ。

 それでも、現代社会は危険に満ち、今どきの少年は凶暴だと思われてしまうのは、報道によるところが大きい。

 なにしろ、85年時点を100として、殺人認知件数と「凶悪・殺人という言葉が含まれる新聞記事数」を比較すると、03年の時点で殺人認知件数は100を下回る。つまり減っているのだが、報道は500に近い水準だ。実態に対して、報道は5倍も多いのである。今の世は危ないという認識が広がっても無理はない。

 いじめの件数急増も、報道の結果、申告が増えたことや、学校などがきちんと対応するようになったことが大きい。突然、人間が20倍も陰湿になることはない。

 「第一、お前だって、子供のころは、ぐれておったじゃないか」とは、祖母の一言。「え!? お父さん、ぐれてたの!?」。

 「もー、やめてくれよ、母さん」という父の顔が真っ赤だったのは、酒のせいだけじゃなさそうだ。

「経営×統計学」



週刊ダイヤモンド編集部


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