箸には7000年の歴史がある

 14億人もの人が箸をつかっている。しかも、ほぼ毎日である。一度ではない、2、3回は使う。ここまで頻繁に利用する道具はそう多くはない。

 だいたい物心がつく前後から箸に慣れ親しみはじめるが、主に教わるのは正しい箸の持ち方としつけである。矯正用の箸を使って、持ち方を叩き込まれる。「指し箸」「迷い箸」「刺し箸」などやってはいけないマナーを厳しく教えこまれる。

 そうした厳しい訓練をへて、2本の棒を自由自在に操り、食卓を楽しむことができるようになる。ご飯を下から救い上げで口に運び、つるつるした小さな豆をつまみ、熱い具材を箸の上に載せてふーふーするなど、自由自在に箸を使いこなしていく。しかし、手の延長として日常に浸透し、こなれた箸さばきを身につけた後は、箸そのものへに意識を向け、好奇心を持つことはあまりない、というかほとんどない。少なくとも、私にとってはそうだった。

 世界の食文化は手食派、フォーク・ナイフ・スプーン派、箸派とに三分割される。そして、箸はいつから、どこの地域で、どんな経緯で主役の座を勝ち取ったのか、この疑問を解き明かしていくことが本書のぶれない軸である。

 まず、箸には7000年の歴史があるそうだ。その証拠に中国の新石器時代の遺跡から、動物の骨を利用した箸の原型が出土している。しかし、その当時の箸は、口に運ぶだけの道具だったのかどうかはわからない。今と同じといえばそうだが、発掘された箸の長さや太さから調理道具と食事道具の兼用だった可能性が高い。そして、箸は道具として脇役に過ぎなかった。

 箸が食卓の主役になる前は匙(さじ)が主に使われていた。箸は温かい汁の中の野菜を、つまみ上げる道具として重宝されていたが、それ以外は匙や手を使っていた。箸は匙を助ける2番手の役割で、当時の文献では箸に「筯」の字を当てられることが多かった。