美羽さんも悩んでいる。

 しかし、やっぱりエアコンはつけたくない理由が、彼女にはあった。

 冷房病が原因で、新卒で入った情報システムの会社を、わずか7ヵ月で退社した苦い過去があるからだ。

 旅行代理店の顧客データを管理するその会社では、データ入力を任されていた。

 異変は夏に起きた。コンピュータールームの室温は年中22度。戸外との温度差は酷い時で15度以上にもなる。部内に女性の正社員は彼女だけ。先輩女性陣は皆パート社員で、身体を冷やさないよう弱冷の休憩室や給湯室に入り浸っているように見えたが、美羽さんは仲間に加わることができなかった。

 特別な寒がりでも冷え症でもなかったのに、体調は一気に崩れた。

 まず襲われたのは就業中の手足の冷え。靴下を履いても、ひざかけをしても改善しないばかりか、猛暑の戸外に出ても冷たい。

 続いて、異常なダルさと肩こりに悩まされ、朝起きるのがとんでもなく辛くなった。「まるで毎朝、死体から蘇生するみたい」な億劫さだった。

 やがて会社を遅刻がちになると、周囲の冷たい視線が胸に突き刺さった。「困ったチャン」とあだ名をつけられ、昼食はいつも一人ぼっち。食欲はなく、頭痛と嘔吐も頻繁に起きる。生理痛も以前より強くなった。

 ついには、38度以上の発熱が続くようになり、出社不能に。体温を維持する機能が壊れたのだ。

 会社に電話を入れるのも億劫で、病院に行く気にもならない。なにもかもが辛い。

 結局、誰にも相談せず、病院へも行かないまま、美羽さんは退職を決意した。

 引き留めてくれる人が誰もいない社内で荷物をまとめ、(自分はダメ人間だ)という想いを連れて、会社を去ったのだった。