権力を持つ創業家が狂気に走れば
もう誰も止められない

 さて、ここまでで状況の整理は終わりだが、結局のところ何が起きているのを論じてみよう。

 出光、クックパッド、大塚家具の3社の共通項は、一線を退いた創業家ないしは創業者の感情がないがしろにされたところに問題の発端がある点だ。

 そして事件が起こり、悪い結果として、会社の未来が経済合理的ではない方向にゆがめられてしまった。株式会社は本来、社会と協調しながら利益を追求するものであるべきだとしても、創業家の感情を害すると、それとは別の論理での抵抗が起きることがよくわかる。

 比較的穏健な形で「合併だけは反対したい」と抵抗するケースは、どちらかといえば創業家の正当な権利を主張する範囲内の出来事で、経営陣としては遺憾ながら説得を続ける以外に方策はないだろう。

 一方で、創業者が経営権を取り返そうとしたケースでは、往々にして最後にオーナーは狂気に走る傾向がある。経営権を取り返せなかった末に、株式を大量に売却し、競合する会社を創業して対抗するケースを見ると、他の外部株主にとって創業者はただただ迷惑な存在に映るだろう。

 逆に創業者が十分な議決権を背景に、自分よりも優秀だった経営者を追い出して経営権を奪いかえすケースは、より狂気が前面に押し出されて見える。結果として株価が下落し、企業価値の大部分が失われてしまえば、当該の会社に投資していた一般株主にとってはたまったものではない。

 あえて言えば、そのような狂気と権力を両方持つオーナーが存在する会社に投資をしてしまったことが、一般株主の失敗だったと思う以外、法律上は仕方がないことである。

 その点で考えるとセブン&アイの創業家である伊藤家は節度も誠実さも兼ね備えた、たぐいまれなる創業家だと私は思う。実の息子が入社しても、力が足りないとみればなかなか重用しなかった。より優秀な経営者が出現すれば、さっと身を引いて経営を彼に託した。

 そして、その経営者が誰もものを言うことができないほどの実力を持った状況で、唯一、それができる存在としてきちんと引導を渡す役割を果たす。創業家とはかくありたいものである。