戦略の要諦は、差別化である。差別化とは、ライバルとの違いを出すことではなく、“圧倒的にズバ抜けて”、“顧客に一目置かれること”である。シリコンバレーでなくとも、そんな例はたくさんある。人手不足の清掃業界が大化け! さびれた町が駐車場で復活! 銀行なのに顧客に愛される! 米有名ビジネス誌の凄腕エディターが取材しまくって見つけたユニークな事例の一部を、『圧倒的な強さを築く オンリーワン差別化戦略』から無料公開する。

北欧発の型破りな清掃会社、
SOLクリーニングサービス

慢性的人手不足の清掃会社が、<br />なぜ「働きたい企業」に大化けしたか?フィンランドのヘルシンキに本社を置くSOL。https://www.sol.fi/en

『ファストカンパニー』誌の創刊まもない頃、ヨーロッパのとある起業家に出会った。リーサ・ヨロネンは魅力に乏しく儲からない業界で立ち上げた事業を、20年以上かけて、賞を受賞するほどの有名企業に育てあげた。ヘルシンキに本社を置き、いわゆる「汚れ仕事」、オフィス、病院、アパートなどのクリーニングを行っている。現在は母国フィンランドのみならず、北欧(スウェーデン、ラトビア、エストニア)やロシアにも進出している。

 太陽(sun)の温かさが連想されるようにと名づけられた「SOLクリーニングサービス」は1990年代はじめに発足した。リーサの父は150年続く「リンドストローム」の経営者で、当時35歳だった娘をCEOに任命した。しかし、現場の従業員に意思決定を委ねるというリーサの斬新なアイデアは、父親のトップダウンのアプローチとは相容れなかった。父親と対立するよりはと、彼女は社内で最も魅力のない部門での理念の実現を目指した。そして瞬く間に業界を一新したのだ。

 リーサの考え方は、ヘルシンキ大学で博士論文をまとめたときに芽生えたものだ。シンプルでありながら奥深い。従業員の入れ替わりが激しく、薄利で魅力に乏しい業界にいるからといって、迎合する必要はない。従業員、さらには顧客に対する新たな「価値提案」に基づいて、従来とは違うやり方で清掃業を営み、自社と従業員の地位を高めることもできるはずだ。

「私たちが目指すのは、清掃員の働き方を変えることです。手と同じくらい頭を使わせます」。事業が軌道に乗り始めた頃、リーサは『ファストカンパニー』誌のインタビューでそう答えた。究極の目標は「ルーティンに慣れてしまう前に、ルーティンから脱却すること」だ。

 SOLはルーティンとは無縁に見える。ヘルシンキ中心部の本社は「SOLシティ」と呼ばれ、活気に満ちている。壁は赤、白、黄色に塗られ、会議スペースは独特の雰囲気を持つ。建物も社風も、快活で前向きな個性のあらわれだ。木曜のランチタイムには、従業員と居合わせた来客全員に温かいスープが無料で振る舞われる。厳しい冬にはオフィスが暖を取る避難所に変わる。

 実のところ、SOLが抜きん出ているのは、型破りなスタイルゆえではない。清掃業界で働きたいと夢見る者は少ないだろう。それでもリーサたちは、従業員にチャンスを与えれば、成長、創造、拡大の可能性は豊富にあると考え、仕事の本質を見直すことで急成長企業を築いた。現場に意思決定を委ね、各地のオフィスやチームによる独自の目標設定や達成を認め、現場の従業員に予算計画、従業員の採用、顧客との交渉さえ任せたのだ。「人生は厳しいものであり、仕事も同じです。けれどもサービス業に携わるのであれば、自分自身が幸せでないのに、顧客を幸せにできるでしょうか」とリーサは語る。

 SOLは初期の改革の1つとして、オフィスや病院での清掃を夜間ではなく、昼間に行うようにした。清掃業界ではほとんどの作業が顧客の退社後、目立たないように行われる。だが、顧客がオフィスにいる時間に清掃作業を行えば、丁寧で迅速な仕事ぶりが認められ、顧客はもっと仕事を頼みたくなるに違いないと考えたのだ。
各地のオフィスや現場のチームには売り込みや契約の権限が与えられており、清掃員は床を磨くだけでなく、営業活動もできた。また、作業中は明るい黄色と赤のつなぎを着用させた。仕事に対する誇りと責任感が芽生え、顧客の目にも留まるからだ。

 その結果、最初は病室の清掃やシーツ交換を依頼した病院も、やがて看護師の補助、患者の検査室への案内、清掃中に患者に異変があれば医師に知らせる役割まで任せるようになった。食料品店では床を磨くだけではなく、在庫確認や値札の書き換えも担当する。ホッケーのナショナルチームの拠点であるハートウォール競技場では、清掃員のみならず、案内所のスタッフ、警備員、監視員として活躍していた。SOLは、競合ができないこと、やろうとしないことをやる意欲と手段を持っている。

 私がSOLを知った頃は従業員2000名足らず、収益は3500万ドル程度だった。20年後、事業の大半を率いるリーサの息子、ユハペッカ・ヨロネンに話を聞いたとき、その成長ぶりと多岐にわたる事業展開に驚かずにはいられなかった。2015年末の時点では、SOLは1万1000人以上(フィンランド国外では3500人)の従業員を抱えていた。初期に比べて収益は10倍、セキュリティサービスや人材派遣業などの新規事業にも進出している。
現在リーサは常勤ではないものの、数々の賞を受賞し、ビジネススクールの教授から注目されている。SOLの成果からヒントを得たいと願う最先端業界のCEOの手本となり、北欧ビジネス界の指導者的存在として活躍中だ。リーサは初期の段階でこう語っていた。
「従業員は野心的で現実にとらわれることがありません。会社が設定するよりも高いゴール、実現できそうもないゴールを掲げます。そして、自分たちで掲げたからこそ、彼らはそれを達成しようとするのです」。

<第4回に続く>