戦略の要諦は、差別化である。差別化とは、ライバルとの違いを出すことではなく、“圧倒的にズバ抜けて”、“顧客に一目置かれること”である。シリコンバレーでなくとも、そんな例はたくさんある。人手不足の清掃業界が大化け! さびれた町が駐車場で復活! 銀行なのに顧客に愛される! 米有名ビジネス誌の凄腕エディターが取材しまくって見つけたユニークな事例の一部を、『圧倒的な強さを築く オンリーワン差別化戦略』から無料公開する。
スピード、正確性、完璧さ…
厳しい条件をいかに徹底させるか
ありふれた環境でも特別なことができる。確かめたければ、テネシー州キングスポートに向かうといい。パルズ・サドン・サービス(Pal's Sudden Service)でソースバーガーやフレンチフライのLサイズなどの人気商品を注文してみよう。よだれの出そうな食事(高カロリーだが)を持ち帰り、パルズが与えてくれる重要な教訓についてじっくり考えるのだ。驚くようなアイデアは、思いもよらぬ場所で浮かぶ。パルズもそうだ。ここで学んだことは、しっかりと腹にたまり、もっと学ぼうという意欲を持たせてくれるだろう。
パルズの外見は、他のハンバーガーショップと変わらない。アパラチア山脈とグレート・スモーキー山脈の中間にあるキングスポートに本社を置き、テネシー州北東部とバージニア州南西部に28店舗を展開、すべて本社から130キロ圏内にある。ハンバーガー、ホットドッグ、チキンサンドイッチ、フレンチフライ、シェイクなど、メニューはごく普通だが、味や品質は高く評価されている。かくいう私も、ここのフレンチフライが無性に食べたくなるときがある。しかし、それだけじゃない。パルズには他社にないものがある。
すぐにわかるのは、スピードと正確さに対する異常なまでのこだわりだ。店内に座席はなく、ドライブスルーのみ。顧客は車の窓を開けてオーダーし(やかましいスピーカーはない)、建物の反対側に回り、袋を受け取り、去っていく。すべてが車の窓を開けてから平均18秒、注文が確定してから平均12秒で行われる。国内でパルズの次に速いチェーンと比べても4倍も速い。
創業者フレッド・パル・バーガーが数十年前に店を開く際、他のファストフード店よりも圧倒的に速いことを打ち出したかった。そこで“ファスト”より速い言葉として、“サドン”サービスと命名したのだ。「おいしいものを超特急で」というのが同社のスローガンだ。
しかも、あきれるほど正確だ。車内で言い争う家族、騒がしいティーンエイジャー、仕事帰りでくたくたの会社員が20秒以内で通り抜けるのだから、間違えても不思議はない。ところが、ミスは注文3600件当たり1件。平均的なファストフード店の10分の1で、完璧に近い。たった12秒で立ち去っていけるのは、袋の中身を確認する必要がないからだ。
「スタッフが袋を空けて確認することはありません。注文どおりだとわかっているからです」と語るのは、「パルズ・ビジネス・エクセレンス・インスティテュート」のインストラクター、デビッド・ジョーンズだ。「注文を間違えることはあってはなりません。絶対に! ほとんど正確というのと、常に正確であるのとは大きな違いです。私たちは、常に正確を期しています」。
効率性の追求と強烈な個性、まさに「灯台のようなアイデンティティ」を備えたパルズは、クイックサービスの領域で群を抜く顧客ロイヤルティを獲得している。地域の「熱狂的ファン」に愛されていると業界誌は評したが、それも誇張ではない。パルズの常連客は平均して週3回来店する。マクドナルドは月3回だ。健康はともかく、収益への影響は明らかだ。わずか100平方メートルの店舗の平均年間収益は200万ドル、1平方メートル当たりの収益は国内のどのファストフード店も及ばない。マクドナルドの優良店でさえ3分の1程度だ。
しかし真に興味をそそるのは、従業員の雇用、訓練、同社の成功から学びたいと熱望する他社とのアイデアの共有など、すべてにおいて綿密で適切なアプローチである。ファストフードという地味な領域ながら、パルズは私が知る中でも最も熱心に取り組み、最も思慮深く、最も知性あふれる企業である。2001年にはマルコム・ボルドリッジ賞――キャデラックやフェデックス、リッツカールトンも受賞した――を、レストラン企業として初めて受賞した。同業の受賞者はその後も1社だけで、パルズを研究し尽くした成果だった。
1981年にパルズの一員となり、99年からCEOを務めるトーマス・クロスビーは語る。「アスリートの動きのすべてが流れるようにスムーズに見えます。しかし、その裏には驚くほど時間をかけた地道な努力があるのです。我々も同じです。スピードを評価されていますが、店舗にタイマーはありません。プロセスの設計、品質、従業員の雇用と訓練に細心の注意を払っているのです。顧客体験の主な要素、我々が力を発揮できる物事に的を絞り、誰もが流れるようにスムーズに行動できるまで取り組みます。スピードはその結果もたらされるものであって、訓練の中心ではありません」。
だとしたら、訓練の中心は何なのか。店内に座ることもカウンターで注文することもなく、わずかな時間で商品を受け取りながら、これほど従業員との一体感を感じられるのはなぜか。