世界的ベストセラー、『ブロックチェーン・レボリューション』で予言された数々の変革が日本でも起こり始めた。なかでも、大きなインパクトが予想されるのが、ICO(Initial Coin Offering)というこれまでにない資金調達手法だ。
有限責任監査法人トーマツにてFinTech領域の戦略立案に従事し、『ブロックチェーン・レボリューション』の翻訳協力者でもある勝木健太氏に、最新情報を整理してもらった記事の後篇。

(注)当該記事は公開情報に基づいた執筆者の私見であり、有限責任監査法人トーマツの公式見解ではない。

世界でもバラつくICOの規制

 前篇で述べた通り、ICOには克服すべき数々の課題が存在する。なかでも、企業が発行する独自トークンの法律上の位置づけについては、いくつかの金融当局が関連するペーパーを出しているが、世界的に明確な共通の基準が存在しているとは言えない状況だ。

 その中で、比較的ICOに「寛容」とされてきた国のひとつがシンガポールである。2017年4月にICOを実施したBlockchain Capital(ブロックチェーン・キャピタル)は米国を拠点としているが、ICOを実施するためにシンガポールにも拠点を設けている。

 2017年6月にICOを実施したCofound.it(コーファウンド・イット)という企業もシンガポールに拠点を置き、ICOのプラットフォーム事業を構築している。また、Fund Yourself Now(ファンド・ユアセルフ・ナウ) という企業が同様のプラットフォーム構想を掲げており、シンガポールにてICOを活用した資金調達を実施済である。その他、Digix DaoTenXGolemQtumといったプロジェクトもシンガポールを拠点として過去にICOを実施している。

 ただし、2017年7月31日、シンガポールの金融当局として知られるMAS(シンガポール金融監督局)が、ICOに関する声明を公式に発表しており、米SEC(証券取引委員会)と同様、トークンの性質によっては「証券」とみなす可能性がある旨、アナウンスした事実は押さえておきたい。

 また、スイスのツークも「クリプトバレー」と呼ばれていることからもわかるように、ICOフレンドリーな都市として知られており、スイスを拠点にICOを実施するプロジェクトも少なくない。

 Bitcoin Suisse AGという組織がICOのトークン発行のサポートを行っており、この組織のサポートにより、BancorStatusTezosOmiseGoといったプロジェクトがトークン発行を実施している。

 他にも、オーストラリア証券投資委員会(ASIC)で議長を務めるGreg Medcraft(グレッグ・メドクラフト)氏が、「ICO市場を規制する必要があるか​​についての明確な見解が出るまで、規制を急ぎすぎるべきではない」との見解を明らかにしている。

 実際、オーストラリア発のICOも現れてきており、具体的には、Power Ledger(パワーレッジャー)という企業が「太陽光発電」×「ブロックチェーン」の領域で独自トークンを発行する予定であり、ICOを実施中である。

 さらに、英国の当局であるFCAがレポートの中でICOについて言及しており、状況を注視していることが伺える。

 加えて、カナダの金融当局のオンタリオ証券取引所が開催したハッカソンの中で、ICOを規制するアイデアについての募集が過去に行なわれている。そこでは、金融当局がICO案件の情報をまとめた情報ポータルを運営し、事業者のスクリーニングを行なうようなアイデアが出された。2017年8月25日には、CSA(カナダ証券管理局)がICOを監督する必要があることを明らかにしている。

米国と中国の動向は

 米国に関しては、SEC(米国証券取引委員会)はこれまでICOに対するスタンスを明確にせず沈黙を続けていたが、先日、米SECが書簡を公開し、トークンの性質によっては「金融商品」とみなされるうることを明らかにした。

 米国を拠点とする企業の中には、こうした事態を見越し、あらかじめ拠点を米国外に移したり、免除規定を活用する動きが既に見られる。たとえば、サンフランシスコに本拠を置くBlockchain Capitalは、シンガポールに拠点をつくり、全世界の投資家に向けて独自トークン「BCAP」のICOを実施している。

 一方、米国民に対しては、過去2年間にわたって年間所得が20万ドル以上、総資産100万ドル以上の総資産を有すること等が要件とされる「Accredited Investor:認定された投資家」に限定して、クラウドセールを行なっており、米国向けのトークン販売については「慎重さ」を崩していない。これはSECの「Rule 506 of Regulation D」という免除規定を活用したものである。

 ただし、2017年7月以降、独自トークンを発行したいくつかの米国の仮想通貨関連企業がSECの立ち入り調査を受けた結果、取引停止を言い渡されており、今後、さらなる引き締めが行なわれることが予想される。

 最後に、中国の動向について述べる。2017年9月4日、中国人民銀行はICOを全面的に禁止し、過去にICOを実施したすべての案件について調査を行った上で、これまでにICOを通じて調達した資金の返金を求めることを決定した。

 今回、中国当局がICO規制に乗り出した背景としては、投資家保護の観点からのICO詐欺の防止やマネーロンダリング対策等があると言われており、取引所に上場済みのICOトークンについても、「上場廃止」となるケースも現れてきている。

 こうした中国政府の流れを受け、今後は、世界的にICOを厳格に取り締まる流れが加速化する可能性がある一方、ICOを通じた資金調達を全面的に禁止にするのではなく、米国やシンガポールの金融当局が示唆しているように、投資家に配当を与えるような「配当型トークン」については「有価証券」とみなし、従来型の規制の枠組みの中で扱うような法規制のデザインの仕方が主流となる可能性も考えられる。

 SEC(米国証券取引委員会)はICOを通じて発行されたトークンの「セキュリティ監査」の重要性についても公式にアナウンスしており、今後は、プロジェクトを行う事業者の「デューデリジェンス」や「第三者評価」の重要性がますます高まる可能性がある。

 こうした一連の流れを踏まえると、今後、世界全体で詐欺的なICOプロジェクトが淘汰される流れが顕在化する可能性が高いように思われる。いずれにせよ、海外のICO関連の法規制の動向については、今後も十分な注意を払う必要があるだろう。

日本での法規制はどうなるのか?

 我が国においては、いくつかのICOプロジェクトが現れつつある状況である。法規制面の詳細については、規制当局や弁護士に判断を仰いでいただきたいが、焦点としては、ICOで発行した独自トークンが改正資金決済法上の「仮想通貨」にあたるか否か、金融商品取引法上の「有価証券」にあたるか否か、「集団投資スキーム」にあたるか否か、出資法に抵触するか否か等が挙げられる。その他、民法や消費者契約法等も絡んでくる可能性がある。

 一方、ICOはグローバルなクラウドファンディングであり、購入型クラウドファンディングに類するものとの見方を示す有識者も存在する点は押さえておきたい。

 ICOを通じて発行・販売されるトークンが仮想通貨にあたる場合、仮想通貨交換業の登録が必要になる。また、金融商品取引法に抵触する場合、投資家保護の枠組みを整備することが必要になる。

 トークンの発行および販売はまったく前例のないスキームであるため、議論は途方もなく難航するだろうが、規制に関する議論を行なう上で、参考になるのが米国のHowey Test(ハウイー・テスト)だ。

 Howey Test(ハウイー・テスト)とは、1946年に米国最高裁判所が扱った判例であり、W.J ハウイー社がフロリダ州の柑橘園を出資者に販売したことが「投資商品」の販売に該当するか否かを争う裁判の結果、下された判決である。米国の証券法”SECURITIES ACT OF 1933”における”Securities”の定義に関する基準を示した判例として知られている。

 その判決において、最高裁判所は、以下の4つの条件、つまり 、
・お金(money)の投資(invest)に関することであり
・投資先が共同事業(Common Enterprise)であり
・収益(Profit)を期待して行なわれ
・収益(Profit)が他人の努力に依存している

に該当した場合に限り、「投資契約(investment contract)」とみなされるという判決を下した。

 現在行なわれているICOのスキームにHowey Test(ハウイー・テスト)が適用されると仮定した場合、「利益」や「投資」、「リターン」といった言葉を用いて投資勧誘を行なっているものについては、法に抵触する可能性がある。詳細については、規制当局や弁護士に相談することを推奨する。

 さらに、ICOの法規制について考える場合、ブロックチェーン企業として世界的に著名なCoinbase(コインベース社)がCoin Center(コインセンター)、Consensys(コンセンサス)、Union Square Ventures(ユニオン・スクエア・ベンチャーズ)と協力のうえ作成した法的なフレームワークも参考になる。これは公的な文書ではないものの、ICO関連のビジネスに取り組むなら、是非とも読んでほしい。

 また、ICOで発行された独自トークンの中でも、その性質は様々である。Bitcoin(ビットコイン)やZCASH(ジーキャッシュ)のような「デジタル通貨」としての性質を持つものもあれば、Ethereum(イーサリアム)におけるETH(イーサ)、Factom(ファクトム)におけるFactoid(ファクトイド)のように、分散型アプリケーション内で使用される「内部通貨」としての性質を持つものもある。The DAOのようにトークン保有者に対して「議決権」や「配当」を与えるタイプのトークンも過去には存在した。

 また、The Dao以外でも、トークン保有者に対して「配当」を約束するようなタイプも存在する。具体的には、SingularDTV(シンギュラー・ディー・ティービー)やChronobank(クロノバンク)等である。このうち、特に、議決権や配当を与えるようなトークンは前述のHowey Test(ハウイー・テスト)を踏まえれば、「投資商品」とみなされる可能性が高いと思われる。

最後に

 ICOは資金調達の方法として極めて画期的だが、現状、法規制面が十分に整備されていないこともあり、詐欺的なICO案件も数多く存在すると言われている。

 ニューヨークに本拠を置くブロックチェーン関連企業のMONAX(モナックス)にて共同代表を務めるPreston Byrne(プレストン・バーン)氏は、「トークンを個人投資家向けに投資対象として売り出そうとして、登録なしに手続きを進めれば恐らく法に触れる」と述べている。

 また、国際的な法律事務所として知られるHogan Lovells(ホーガン・ロヴェルズ)のパートナーであるLewis Cohen(ルイス・コーエン)は、ロイターのインタビューにおいて、「投資目的で他人から資金を調達することを意図している場合、売却されたコインは証券と見なすことができる」と述べている。

 真偽のほどは定かではないが、投資家から調達した資金を経営者の休暇費用に使っているプロジェクトも存在するとの話もあり、トークンを発行する事業者のデューデリジェンスや資金使途などもチェックする枠組みの整備が求められる可能性がある。また、投資家側の「本人確認」や「適合性の確認」も要件として課される可能性があるだろう。

 イノベーションを促進するうえでも、適切な規制を課すことは極めて重要だ。しかし、あまりに強固に規制の枠をはめることもイノベーションを阻害する要因となりうる。詐欺的なICO事業者を擁護するつもりは一切ないが、VCから調達した資金を私的な目的に流用しているスタートアップ経営者も存在する。ICOを規制するのなら、VCから調達した資金をも徹底的に監視する仕組みを構築するのが筋というものだ。

 規制をできるだけ行なわずに詐欺的なICOを防ぐやり方も考えられる。たとえば、一気に巨額の資金を調達させるのではなく、段階的に少額ずつ事業者に資金を渡すような仕組みをつくることも検討してもよいだろう。

 実際、シンガポールに本拠を置くFund Yourself Now(ファンド・ユアセルフ・ナウ)は段階的な資金調達を行なうスキームをつくっており、良い先行事例となる可能性がある。また、同社はNew Alchemyという企業による「スマートコントラクト監査」を受けていることでも知られている。デューデリジェンスを踏まえたICOを実施するプラットフォームの事例として、個人的には注目している。

 また、投資家保護を考えるうえでは、Blockchain Capital(ブロックチェーンキャピタル)のように、「Rule 506 of Regulation D」のような免除規定を活用することで、一定以上の資金を有する「洗練された投資家」にのみトークンを販売するというやり方もある。

 適切に活用することができた場合、ICOは社会を大きく前進させるポテンシャルを持つ革新的な仕組みだ。我が国の対外的な競争力の向上を目指す上で、ICOという仕組みをどのように生かしていくかについて適切な議論を行なっていく必要があるだろう。

勝木健太(かつき・けんた)
幼少期7年間をシンガポールで過ごす。 京都大学卒業後、新卒で三菱東京UFJ銀行に入行。現場では法人営業、本店ではグローバル金融規制対応(バーゼルIII、ドッド・フランク法 etc)、各国中央銀行との折衝に従事。4年間の勤務後、PwCコンサルティングを経て、現在は、有限責任監査法人トーマツにて、ブロックチェーン技術を始めとするFinTech領域の戦略立案に従事。