仮想通貨ビットコインを支える「ブロックチェーン」が、どのように世界を変えるかを解説した決定版『ブロックチェーン・レボリューション』。その出版にあわせ、同書の第1章「信頼のプロトコル」の一部を公開するシリーズの第4回。
「きみは、きみのプロジェクトだ」とかつてトム・ピーターズは言った。人を規定するのは、所属する会社や肩書きではないという意味だ。今ならこう言えるだろう。「きみは、きみのデータだ」

アイデンティティを自分の手に取りもどす

 新たなメディアが誕生するごとに、人は未知の領域に踏みだしてきた。情報を記録するメディアはいわば時空を超え、死を超越する力を人類に与えてくれる。そうして神の力を手に入れたとき、人は本質的な問いに直面する。

 私は誰なのか。人であるとはどういうことか。自分とはいったい何を意味するのか。

 マーシャル・マクルーハンが見抜いたように、メディアはやがてメッセージになる。人はメディアをつくり、メディアが人をつくり変える。脳は適応する。組織も適応する。社会全体が適応する。

「しかるべき機関からカードを発行してもらって、それがアイデンティティになるわけですよね」とワイスキー社のカルロス・モレイラは言う。生まれたときの出生証明書が、あなたの最初のIDだ。そこに数々の情報が結びつき、記録される。ブロックチェーン時代になれば、出生証明書から学費ローン、その後のやりとりをすべてひとつのチェーンに記録するということも可能になる。

「きみは、きみのプロジェクトだ」とかつてトム・ピーターズは言った。人を規定するのは、所属する会社や肩書きではないという意味だ。今ならこう言えるだろう。「きみは、きみのデータだ」

 ただし問題がひとつある。「アイデンティティは自分のものなのに、その行動を記録したデータは誰か別の人の手に渡っています」とモレイラは言う。企業はそうした行動の軌跡をもとにあなたのことを判断する。各種データを集めてバーチャルなあなたを構築し、バーチャルなあなたに対して数々の便宜を図ってくれる。ただし、タダで手に入るものなどない。代償となるのは、あなたのプライバシーだ。

「プライバシーは死んだ。あきらめろ」と言う人もいる。でもそう簡単にあきらめるわけにはいかない。プライバシーは自由な社会の基盤なのだから。

「人はアイデンティティという概念をかなりシンプルに捉えています」とブロックチェーン技術者で情報セキュリティ専門家のアンドレアス・アントノプロスは言う。アイデンティティという言葉には、自分と、世の中に映る自分のイメージ、そして自分やそのイメージに付属する数々の属性がざっくり含まれているようだ。そのなかには持って生まれたものもあれば、国や企業に付与されたものもある。いくつもの役割を兼任することもあるし、時とともに役割が変わることもある。世の中のニーズが変わり、会社組織が変われば、あなたの役割もそれに応じて変わってしまう。

 けれど、もしもバーチャルな自分を自分だけのものにできたらどうだろう。つまり自分というものをブラックボックス化して、外から操作できないようにするのだ。何かの許可を得るときは、それに関連するデータだけ見せればいい。そもそも、なぜ運転免許証に個人情報がずらずらと書かれているのだろう。運転免許試験に合格したという情報だけでいいじゃないか。

 インターネットの新たな時代を想像してみてほしい。あなたは自分をさらけだす必要はなく、バーチャルなアバターを見せるだけでいい。そのアバターがブラックボックスの中身を厳重に管理し、きれいに整理整頓しながら、状況に応じて必要な情報だけを開示してくれる。

 まるで『マトリックス』や『アバター』の世界みたいに思えるかもしれない。でもブロックチェーン技術を使えば、そんなことが可能になる。コンセンサス・システムズのジョセフ・ルービンCEOは、これを「永続的なデジタルID兼ペルソナ」と呼ぶ。

「友達と話すときと銀行と交渉するときでは、別々の顔を見せますよね。オンラインのデジタル世界でも、いろんなペルソナを使い分けて、その時々で違う側面を見せるようになると思います」

 ルービンは代表となるペルソナをひとつ置き、納税やローンの借り入れ、保険加入などはそのペルソナでおこなうことを想定している。

「そのほかに仕事のペルソナや家庭のペルソナを持っておいて、そっちのペルソナはローンのことなんか気にしないわけです。ゲームをするときはゲーマーのペルソナもほしいですよね。闇のペルソナもひとつつくって、別人みたいにネット上で行動しているかもしれない」

 ブラックボックスのなかには、官公庁が発行した身分証や、健康状態、財政状況、学歴、資格、その他あらゆる個人的な情報が含まれている。そのなかの限られたデータを、限られた期間だけ、限られた目的のために開示することができる。眼科に行くときとヘッジファンドに投資するときでは、見せたい情報も違うはずだ。そしてあなたのアバターは質問にイエスかノーで答え、それ以外の余計な情報は漏らさない。「あなたは20歳以上ですか?」「過去3年を通じて年収が10万ドル以上でしたか?」「体重は標準範囲におさまっていますか?」

 物理的な世界では、あなたの評判は場所に縛られている。近所のお店の人や上司や友人が、それぞれあなたに対する意見を持っている。一方、デジタル世界の評判は、距離を容易に超えられる。あなたがどこにいようとも、ペルソナの評判を上げることは可能だ。アフリカの奥地に住む人が電子ウォレットを活用し、世界中で得た評判をもとに「ほら、これだけ信用があるんですから起業資金を貸してください」と言うことだってできる。

 あなたのアイデンティティはもはや企業の道具ではなく、あなた自身の武器になるのだ。