コロナ禍の中国出張、日本人が体験した「過酷な隔離生活」の実態感染拡大を封じ込めたと言われる大連市内の様子(写真:林慎一郎氏提供、以下全て同)

先月、ある日本人男性が中国出張で、2週間の隔離生活を余儀なくされた。新型コロナウイルス封じ込めのための中国の隔離政策はあまりに有名だが、果たして日本人にとってどんな体験だったのか。不慣れな日本人には克服しがたいその壁と、過酷な隔離生活の実態をリポートする。(ジャーナリスト 姫田小夏)

中国出張者が明かす、大連14日間の隔離生活

 「大連の子会社のスタッフが買ってきてくれたペットボトルの『お~いお茶』を一口飲んだとき、『これでやっと隔離が終わったんだ』と感無量でした」

 日本の上場企業で国際部長を務める林慎一郎さん(56歳)は、“大連での隔離明け”の心境をこう語った。

 8月20日、成田空港からJAL便で大連に渡った林さんは、その場ですぐにホテルに移動させられて隔離生活に入った。事前情報は乏しく、体験することの多くが想像を超えたものだった。その厳しい隔離生活は9月3日まで続いたが、隔離明けから2週間が過ぎた今、「これから中国にやって来る日本人のために」と、その状況をつぶさに語ってくれた。

 その日、日本人乗客23人と中国人乗客210人を乗せたJAL829便は、11時45分に大連周水子国際空港に到着した。機内に乗り込んできた防護服姿のスタッフによる体温測定が終わると乗客らは降機し、空港ターミナルに誘導された。問診票を記入し、PCR検査を受けるという一連の流れを経て、ようやく荷物をピックアップするターンテーブルにたどりついた。

 着陸からの所要時間は、ざっと2時間だった。その後、同乗していた日本人23人は同じバスに乗せられ、「こちらの方がおすすめ」だという現地係員の案内に従い、1泊500元(1元=約15円)のリゾートホテル「聖汐湾度假」に向かった。ここまでの流れは事前に理解していたとはいうものの、林さんは「降機から3時間、コンビニに立ち寄る時間さえも与えられず、1滴の水さえ飲めない移動だった」と振り返る。

 14時50分にホテルにチェックインすると、パスポートのコピーを取られ、その後、中国の通信アプリ「ウィーチャット」を使って、今まで同行していた日本人同士がグループチャットを組むようにと指示された。

 「このウィーチャットは、ホテル側(実際は当局)からの連絡と、宿泊客の1日2回の体温の報告に使います。同じグループの日本人の中には『ウィーチャットの利用は初めてだ』と申し出る人がいるにもかかわらず、使い方も教えてくれないので、最初は皆が混乱しました」

 そして、ホテルで渡されたのは、なんと「水銀式の体温計」だったという。中国ではなんでもハイテク化していると聞かされてきた日本人は、ここでも意表を突かれた。その後、部屋に入ると、それ以降は室内から出ることは厳禁とされ、8時、12時、18時の1日3回、弁当が扉の外に置かれる生活が始まった。