『独学大全──絶対に「学ぶこと」をあきらめたくない人のための55の技法』が、20万部を突破。分厚い788ページ、価格は税込3000円超、著者は正体を明かしていない「読書猿」……発売直後は多くの書店で完売が続出するという、異例づくしのヒットとなった。なぜ、本書はこれほど多くの人をひきつけているのか。この本を推してくれたキーパーソンへのインタビューで、その裏側に迫る。
今回インタビューしたのは、『英文法基礎10題ドリル』などの著者で、大手予備校英語講師の田中健一氏。『独学大全』の発売当初から、「これこそ大学受験に有効な教材」だと、Twitterなどで熱烈に推薦する理由を語ってもらった。(取材・構成/編集部)

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受験勉強の最大の難関は、実は「独学」部分にある

――田中先生は、予備校講師歴が、現在18年。本当にたくさんの受験生を見てきたと思いますが受験で志望校に合格する上で一番大切なことは何だと思いますか?

田中健一(以下、田中):受験で志望校に合格するためには、優秀で熱心な先生の指導を受けることも大切ですし、適切な教材に取り組むことも必要です。しかしそれ以上に重要なのは「自学自習の継続」です。授業に出ているだけでは合格できません。

 部活やスポーツに喩えると、授業は「全体練習」です。目標達成のために必要な知識や技能が伝達されます。練習内容を消化・吸収したり、各自が長所を伸ばしたり短所を補ったりするための「自主トレ」としての自学自習が目標達成のカギです。

 我々受験指導者は「自主トレ」メニューの相談に乗ってアドバイスすることはできますが、そのトレーニングをするのは他ならぬ受験生当人なのです。彼らは自学自習の重要性をしっかりと理解してくれます。しかしそれを実行し、継続することは別の話。わかっていても続かないものは続かないのです。

――おっしゃる通りですね……大人でも耳が痛いです。続く子と、続かない子は具体的にどんな点に違いがあるのでしょうか?

 以前は無邪気に「やる気」の有無だと思っていたのですが、これだと単なる精神論で終わってしまうのですよね。今は、受験生ひとりひとりに適した「継続の工夫」があるのだと考えています。それを見つけることができた人は成功し、見つけられなかったら失敗する、これが実情なのではないでしょうか。私個人の体験では、中学の時に通っていた塾で教わった「こうするといいよ」でたまたまうまくいきました。ただ、同じ方法でも勉強を習慣化できない友人もたくさんいました。

――田中先生はTwitterで「受験勉強本」として『独学大全』を強く推薦してくださっていました。具体的にどのような点が「受験生向けに」優れているとお考えでしょう?

田中: まさに、「続けたいけど続かない」人の助けになるのが『独学大全』です。一番いいと思う点は技法が多種多様で「あらゆる挫折に対応可能だから」です。先ほど申し上げた「ひとりひとりに適した『継続の工夫』」が見つかる可能性が高いのです。

 くり返しますが「なぜ自学自習を続けられないのか」は受験生各人で異なります。

 ある人には「技法6 行動記録表」でサボっている自分を自覚することが有効でしょうし、「技法10 習慣レバレッジ」で、「勉強の習慣」ができて人生が変わる人もいるでしょう。「技法12 ラーニングログ」を実践し、書き留めたノートを受験前に見返せば「こんなに頑張ってきたんだから、絶対にうまくいく!」と自信が持てるでしょう。「技法13 ゲートキーパー」で紹介されている「コミットメントレター」はSNS時代に向いていると思います。全国には受験生仲間がいて「私も勉強してるよ!」と励まし合うことができます。

 実は、受験生ではないですが私自身も意志が弱くて……。集中力のなさ・体力のなさ・時間のなさ・やりたいゲームの多さ・ほかに読みたい本の多さなどから、問題集の執筆や、自分自身の勉強はなかなか進みません。そんなときに「第1章」は大いに参考になります。「技法8 ポモドーロ・テクニック」には、日々お世話になっています。

――先生も! 意外ですが親近感が湧きました。『独学大全』はいわば「学び方」の百科事典ですが、あわせて読むと効果がある受験参考書を教えてください。

田中: 受験勉強がうまくいかない理由のひとつに「レベルが合わない教材に取り組んでいる」ことがあります。「〇〇大学志望だから」「先輩が薦めていたから」などの理由で、今の実力では歯が立たない参考書や問題集を買ってきて、チンプンカンプンなのに形式的に「こなす」だけ。これで成績が上がるはずがないのですが、こういう人は本当に多くいます。

 学習相談に来た浪人生に「昨年はどんな教材を使っていましたか」と尋ねると、「ああお気の毒に……。不適切な教材のせいで残念な結果になったのですね………」と悲しくなることは毎年数え切れないくらいですね。

 受験するのは「自分」なのですから、テキストを選ぶ際は「自分」が主語にならなければなりません。環境も成績も違う赤の他人の「合格体験記」的なものを信じたところで、それが「自分」にも当てはまる可能性は極めて低いのです。ですから,お尋ねの「おすすめの受験参考書」を「これ!」と挙げるのはとても難しいです。すみません。

――えっ、それは無自覚に失敗をおかしている人が多そうですね……。でも「自分にとってレベルが高い・低い」って、自覚するのは難しくないでしょうか……?

田中: そうなんですよ。だからこそ、まずはすべての受験生に『独学大全』「技法2 可能の階梯」を読んでもらいたいと思っています。「可能の階梯」とは、自分ができること、できないことを仕分けして、「学びの出発点」を見極める技法です。

人気予備校講師が断言「自分から努力できる子」と「予備校任せの子」の決定的な差

――「可能の階梯」の項目には、「自分ができるかできないか怪しい場所(踊り場)の2段下から始める」と書いてありますが、受験生でも同じルールでOKでしょうか?

田中: はい。断言しますが、「このくらいは簡単で、自分には必要ないよ」と感じるところから始めたほうが勉強はうまくいきます。

 第一に、そうした教材はスラスラ進むので気分がよくなります。そのおかげで、勉強が好きになってしまうこともあるでしょう。第二に、自分はもうわかっていると思っていたのに実はわかっていなかったことに出会えます。実はこれこそが受験生が伸び悩んでいた原因である可能性が高いのです。

 人によっては中学校の内容からやり直さなければいけないかもしれませんが、それは全然恥ずかしいことではないのです。家を建てる際、1階ができていないのに3階の部屋を作ることはできません。

YouTubeで勉強法を調べない方がいい理由

ーー近年は「英語学習本ブーム」が到来していると思うのですが、先生のおすすめ本を教えてください。

田中: 『ヘミングウェイで学ぶ英文法』シリーズや『英文解体新書』シリーズ、最近では『英語の読み方』が大ヒットしていますね。私もこれらの本は大好きですが、いずれもそれほど簡単ではありません。ある程度の基礎学力を前提とします。「こうした本に挑戦してみたいけど、今の実力ではちょっと……」と感じる人には次の2冊をおすすめします。
竹岡広信『必携英単語LEAP Basic』(数研出版)
仲本浩喜『仲本の「壁」を突破する英文法完全速習講義』(PHP研究所)

 「ちょっと簡単かも……」と思う人がいらっしゃるかもしれませんが『独学大全』「技法2 可能の階梯」を思い出してください。

 これらの本で学ぶ際、ただ読むだけではなく読書猿さんがこちらの記事で紹介している「復文」をぜひ実行してください。『必携英単語LEAP Basic』では右ページにあるフレーズや例文を、『仲本の「壁」を突破する英文法完全速習講義』では説明内に登場する囲み内の例文を復文しながら読み進めてください。

――最後に、今必死で勉強を頑張っている受験生とその親御さんにメッセージをお願いします。

田中: 最近の高校生・受験生は(勉強ってどうやったらいいのかわからない……)とYouTubeなどネットで検索する人がとても多いようです。しかし、ネット上に転がっている「アドバイス」は玉石混交。「玉」が1個で「石」が999個のような状況です。環境も生い立ちも異なる先輩や大学生などによる個人の1回限りの経験に基づいたものが、自分にも役立つ可能性は極めて低いでしょう。

 学習相談の相手として最適なのは、普段見てもらっている先生です。これは間違いありません。しかし私もそうなのですが、「何を勉強すればいいのか」はアドバイスできても「どのように勉強すればいいのか」はあまり詳しくない先生もいらっしゃるかと思います。「どのように」の部分に不安がある人は『独学大全』を「恩師」として机上に置いておくべきです。

田中健一(たなか・けんいち)
大手予備校英語講師
1976年・愛知県生まれ。愛知県立明和高等学校、大阪大学文学部(西洋史)卒。名古屋大学文学部(言語学)中退。著書『英文法基礎10題ドリル』『英文法入門10題ドリル』『英文読解入門10題ドリル』は全国の中学・高校だけでなく大学でも採用されている。近年では予備校だけではなく、YouTubeやオンラインサロンなどでも英語学習に役立つ情報を提供している。