『独学大全──絶対に「学ぶこと」をあきらめたくない人のための55の技法』20万部を突破! 本書には東京大学教授の柳川範之氏「著者の知識が圧倒的」独立研究者の山口周氏「この本、とても面白いです」と推薦文を寄せ、ビジネスマンから大学生まで多くの人がSNSで勉強法を公開するなど、話題になっています。
この連載では、著者の読書猿さんが「勉強が続かない」「やる気が出ない」「目標の立て方がわからない」「受験に受かりたい」「英語を学び直したい」……などなど、「具体的な悩み」に回答。今日から役立ち、一生使える方法を紹介していきます。
※質問は、著者の「マシュマロ」宛てにいただいたものを元に、加筆・修正しています。読書猿さんのマシュマロはこちら

『独学大全』著者が激賞!「人はなぜ学ぶのか」を教えてくれる最高のマンガPhoto: Adobe Stock

[質問]
おすすめのマンガはありますか?

『独学大全』とあわせて読んでもらいたい1冊をおすすめします

[読書猿の回答]
 COMICOで連載が完結した藤のよう『せんせいのお人形』という漫画です。

 バーナード・ショーの戯曲『ピグマリオン』の話を下敷きにしてるんですが、『変身物語』から『マイ・フェア・レディ』まで、男性は自らが作り出した(女性の)美にやられるのに対して、この漫画では、男性が提供し少女が獲得するのは「知」なんです。

 つまり現代の『あしながおじさん』なわけですが(ほんとはその成長の速さは「自力で覚醒したアルジャーノン」と呼びたいくらい)、なにしろ現代なので、この漫画、大人も子どもも、周囲の大人のせいでひどい目に合った人ばかりが出てきます。

 その中でも極めつけにひどい目にあってきた主人公たる少女が、知と出会い、いくつかのヒントだけで、ひとつながりになった知の世界の有り様を自ら気づく。それだけは誰にも奪われないものだと教えられ承認される。

 ここで彼女は笑顔を取り戻します(ここまでで、たった20話です)。物語はここで終わりません。それどころかこの後、少女はさらに、血の通ったクリティカル・シンカーに成長してしまうんです。

 というのも、ただ美しいだけだと、現代では(この作品世界では)、大人の都合に振り回され、ボコボコに搾取されてしまうからです。作中にも美しく魅力的だが、その力を行使することで破滅に向かう人たちが何人も出てきます(例えば大人の都合から美しくなくてはならなかった少女は、過食と嘔吐と自傷行為に7年も苦しみます)。

 こうして現代の『ピグマリオン』は、アフロディーテでなく、アテネを生むことになります。ハイネが『ドイツ哲学の本質』の最後で登場させた、あの知恵の女神を、です。

 覚醒途中の、まだ血が通い切ってない段階では、主人公は(なにしろ親戚の間で虐待されながら、たらい回しされてきた娘なので)学校でいじめられている同級生に気づいたかと思うと、いじめの証拠を動画で押さえ、いじめっ子の取り巻きを弁舌で離反させ、いじめっ子の家を調べ上げて、最短コースでいじめっ子を追い込むことができてしまう。

 この一件は、幸いにも(この娘も天才過ぎて親から捨てられた人なのですが)数学少女の友人に気づかれ、最後のところで幸いにも止められてしまうのですが、この事件を通じて、主人公は自身の過去の傷が知性と触れ合うところ生まれ得る狂気を思い知ります。

 つまり、人生を剥奪されたことから来る衝動が自分の中にあること、そして今や自分は他人の人生を破壊できる力を得たこと、その力を行使することの意味と、何故この力をそんな風に使ってはならないのかを思い知る。この事件を通じて彼女の知は、自分の内側・闇をも照らすようになる。こうして少女は人の心を持ったクリティカル・シンカーとして覚醒します。

 小さなエピソードで、事故に遭った猫の話があるんですが、彼女はその事故に遭遇し、その死を見届けて、思いつめた表情で部屋に閉じこもります。次に部屋からとびだして来たときは、袋に手袋に長袖の完全防備、死んだ動物園を受け入れる役所の窓口を調べ上げ、自分の手で猫をそこまで持っていく。

 彼女は感情がないわけではないけれど、まずは成すべき事を見つけ計画し実行します。泣くのはその後だと言わんばかりに。誰もが心に傷を負い、行き場のない気持ちをぶつけ合い、相手の心を試し合い、そして傷つけ合うこの世界で、彼女はまず考え、そして行動する。

 なにしろ人の心を知ったクリティカル・シンカーなんで、時間をかけてでも一歩ずつ自分の気持ちを確かめ、相手のことを思いやり、あらゆる可能性を思考実験し、効果的だけれど人の道に反した選択肢などは(例えば「見捨てないで」と懇願すれば自分の保護者たらんとする男を拘束できると冷静に判断しながらも、自分がしてはならないことだと)排除して、正面から自分の気持ちを伝えます。

 問題は、こうした彼女の知が導く誠実さに、相手の大人が自身のトラウマからそれを受け止めきれなくて応じられないことです。この物語が悲劇なのだとすれば、それは最も遅く、この世界に参戦した、最も未熟で無垢なる者が、最も暖かい心とともに最高の知性を持ったからでしょう。それでも彼女は自分を壊さず、自分にできる最大限の配慮を他人と世界に示しながら、前に進みます。

 物語は、もうひとつの彼女を知へ導いた魂と、彼女の物語として幕を閉じました。

 人は何故学ぶのか、学ぶことで何を得るのか、そして望んでも得られないものがあるとき人はどう生きるのことができるのか。スミカと昭明の物語は終わりましたが、私達の旅は続きます。