リンダ・グラットン教授Photo Courtesy of Lynda Gratton(Mat Smith Photography)

長寿化時代の新しい働き方を提言し続ける、ロンドン・ビジネス・スクールのリンダ・グラットン教授。世界でもっとも権威のある経営思想家ランキング「Thinkers50」に選ばれる、人材論、組織論の世界的権威であり、ベストセラー『LIFE SHIFT(ライフ・シフト)』や最新刊『LIFE SHIFT 2』(共に東洋経済新報社)の共著者でもある。前編では、年功序列制度の特異性や管理職のあり方、日本の労働市場に必要な柔軟性などを指摘。後編となる今回は、日本企業とベテラン社員が競争力を取り戻し、世界で伍(ご)していくために必要な、リスキリング(学び直し)や組織的大変革の必要性を説く。(聞き手/ニューヨーク在住ジャーナリスト 肥田美佐子)

コロナ禍は従業員のスキルアップに
重要な影響を及ぼした

――ビジネスピープルのリスキリング(学び直し)や再教育が注目を集めています。コロナ禍がどのように関係していると思いますか。

リンダ・グラットン教授(以下、グラットン) まず、パンデミックでデジタルスキルが身近なものになったことが挙げられます。人々がデジタルプラットフォームによる買い物や恋愛の相手探しなどに慣れ親しんだことで、企業はデジタル事業戦略を加速させ、従業員にデジタルスキルを求めるようになりました。

リンダ・グラットン教授Lynda Gratton(リンダ・グラットン)
ロンドン・ビジネススクール・スクール教授。人材論、組織論の世界的権威であり、組織イノベーションに関するコンサルティング会社「HSM(Hot Spots Movement) Advisory」の創始者。世界の経営思想家トップ50「Thinkers50」では2003年以降、毎回ランキング入りを果たしている。世界経済フォーラムの「新しい教育と仕事のアジェンダに関する評議会」の共同議長を務めており、2013年からダボス会議に参加。2018年には安倍晋三首相(当時)から「人生100年時代の社会をデザインする会」のメンバーに任命された。著作は20を超える言語に翻訳されており、『ワーク・シフト』や、アンドリュー・スコットとの共著『ライフ・シフト』は日本でベストセラーに。『ライフ・シフト』は、DIAMONDハーバード・ビジネス・レビューの読者が選ぶベスト経営書2017で第1位を獲得している。 Photo Courtesy of Lynda Gratton(Mat Smith Photography)

 また、在宅勤務の普及で、企業は官僚主義的な会議や何層ものヒエラルキーを見直し、バーチャルで複数のチームを管理するために、機動性や柔軟性を高めようと考え始めました。その結果、デジタルスキルなど、特定のスキルを従業員に再教育する必要が生じたのです。

 マイクロソフトのサティア・ナデラ最高経営責任者(CEO)は、コロナ禍で企業のデジタル戦略が2年分加速したと話しています(注:2020年4月29日、同CEOは直近四半期の決算発表で、「(クライアント企業が)2カ月で2年分のデジタルトランスフォーメーション(DX/デジタル変革)を行ったのを目にしている」と発言)。

 大半の企業がデジタル戦略を2年分早めたことで、働く人々は新たなスキルをいくつも身に付けなければならなくなったのです。また、在宅勤務の続行で、管理職は、バーチャルで働く複数のチームをどのように管理するかについても学ぶ必要が出てきました。

 このように、コロナ禍は企業のアジェンダ変更や従業員のスキルアップなどに重要な影響を及ぼしました。企業にとって、従業員のリスキリングや再教育が必須事項になったのです。

 社外から人材を調達すればいいと思うかもしれませんが、こうしたデジタルスキルを備えている人は引く手あまたで、激しい人材獲得合戦が予想されます。だからこそ、自社の従業員再教育が極めて重要なのです。

――でも、実際には米企業でさえ、その大半は従業員の再教育投資に及び腰だという専門家の指摘も聞かれます。米企業の人事担当幹部の大半が、学位よりも「スキル」重視の採用を検討、または実践しているといわれる一方で、大半の企業は既存の従業員の再教育より、自動化やデジタル化による省力化を目指すという見立てもあります。