唾液はどこから出ているのか?、目の動きをコントロールする不思議な力、人が死ぬ最大の要因、おならはなにでできているか?、「深部感覚」はすごい…。人体の構造は、美しくてよくできている――。外科医けいゆうとして、ブログ累計1000万PV超、Twitter(外科医けいゆう)アカウント9万人超のフォロワーを持つ著者が、人体の知識、医学の偉人の物語、ウイルスや細菌の発見やワクチン開発のエピソード、現代医療にまつわる意外な常識などを紹介し、人体の面白さ、医学の奥深さを伝える『すばらしい人体』が発刊された。坂井建雄氏(解剖学者、順天堂大学教授)「まだまだ人体は謎だらけである。本書は、人体と医学についてのさまざまな知見について、魅力的な話題を提供しながら読者を奥深い世界へと導く」と絶賛されたその内容の一部を紹介します。好評連載のバックナンバーはこちらから。

けいゆう先生が「子は親に似る」という事実を物理的・化学的に説明してみた。Photo: Adobe Stock

遺伝子という「概念」を発見した偉人たち

 親子の目や鼻の形が似ていたり、体格が似ていたりすることは、古代から当たり前のように知られていた。

 だが、かつては父と母の持つ特徴が混ざり合って子の特徴を形作ると考えられていた。つまり、青と赤の絵の具を混ぜれば紫になるように、均等に混合された新たな特徴が生まれる、というイメージで捉えられていたのだ。

 一八六六年、オーストリアの修道士グレゴール・メンデルは、修道院の庭で育てた三万本近くものエンドウマメを掛け合わせ、世界で初めて遺伝学の真理にたどり着いた。

 種の形状、花の色、背の高さなど、両親のそれぞれが持つ特徴は、子に継承されるときに混ざり合って中間的な特徴に変化するのではない。何らかの「粒子」のような、明確な単位を持って親から子に継承され、単位そのものは変化しないのだ。

 この「粒子」の組み合わせによってエンドウマメの特徴は決まり、その継承には数学的な法則性がある。のちに「メンデルの法則」と呼ばれる、極めて重要な発見であった。

 だが、当時この学説は全く理解されず、むしろ軽蔑された。一八八四年、その功績を認められないままメンデルはこの世を去った。メンデルが存在を信じて疑わなかった「粒子」的な概念は、のちに「遺伝子」と呼ばれることになる。

 一九〇〇年、三人の植物学者、オランダのユーゴー・ド・フリース、ドイツのカール・エーリヒ・コレンス、オーストリアのエーリヒ・フォン・チェルマクが、遺伝にかかわる重要な法則性を独立に発表した。だが、その法則とはまさに、約半世紀も前にすでにメンデルによって発見され、報告されていたものだった。歴史に埋もれていたメンデルの法則は、このとき「再発見」されたのである。

「遺伝子の実態」

 では、「遺伝子」は実態としてどのように体内に存在しているのか。

 その答えは、一九一五年までに明らかになった。染色体が発見され、それが遺伝情報を運ぶ物質であることが明らかになったのだ。ショウジョウバエを使ってこのことを証明したトマス・ハント・モーガンは、一九三三年にノーベル医学生理学賞を受賞した。

 染色体がタンパク質とDNAでできているという事実は、一九二〇年代に証明された。だが、当時はまだDNAの構造は全くわかっていなかった。

 一九五三年、ケンブリッジ大学の科学者ジェームズ・ワトソンとフランシス・クリックは、物理学者モーリス・ウィルキンスや化学者ロザリンド・フランクリンが撮影したX線写真を参照し、DNAが二重らせん構造であることを突き止めた。一九六一年、アメリカ国立衛生研究所(NIH)の研究グループが、アミノ酸の一つ、フェニルアラニンを指定するコドンが「UUU」であることを初めて発見。

 これを皮切りに、各コドンとアミノ酸の関係がすべて解明された。このとき人類は、生命体に組み込まれた暗号を解読した初めての存在になった。

 一九六二年、ワトソン、クリック、ウィルキンスはDNAの構造を解析した功績によりノーベル医学生理学賞を受賞。一九六八年、遺伝暗号とタンパク質合成のしくみを解読した功績により、マーシャル・ニーレンバーグ、ロバート・ホリー、ハー・ゴビンド・コラナはノーベル医学生理学賞を受賞した。ここまで書いた一連の発見は、二十世紀以降のたった数十年間でなされたものだ。

「子は親に似る」という事実は、物理的・化学的に説明可能な現象だった。そのプロセスに、超自然的な作用は何一つとして介在しない。ただ美しく、整然たるサイエンスが存在するだけなのだ。

(※本原稿は『すばらしい人体』を抜粋・再編集したものです)