唾液はどこから出ているのか?、目の動きをコントロールする不思議な力、人が死ぬ最大の要因、おならはなにでできているか?、「深部感覚」はすごい…。人体の構造は、美しくてよくできている――。外科医けいゆうとして、ブログ累計1000万PV超、Twitter(外科医けいゆう)アカウント9万人超のフォロワーを持つ著者が、人体の知識、医学の偉人の物語、ウイルスや細菌の発見やワクチン開発のエピソード、現代医療にまつわる意外な常識などを紹介し、人体の面白さ、医学の奥深さを伝える『すばらしい人体』が発刊された。坂井建雄氏(解剖学者、順天堂大学教授)「まだまだ人体は謎だらけである。本書は、人体と医学についてのさまざまな知見について、魅力的な話題を提供しながら読者を奥深い世界へと導く」と絶賛されたその内容の一部を紹介します。好評連載のバックナンバーはこちらから。

けいゆう先生が教える「医師の手術着は水色」の超納得な理由Photo: Adobe Stock

目の疲れを軽減

 医療従事者の服装といえば、「白」というイメージを持つ人が多いかもしれない。確かに、医師や看護師など医療従事者は白衣を着ていることが多い。

 だが、手術や処置の際に身につける使い捨ての物品となると、断然「青系統」のものが多くなる。ドラマの手術シーンを思い浮かべるとわかりやすいが、マスクや帽子、ガウン、手術台にかかったシーツなど、あらゆるものが薄い青~緑色である。

 なぜだろうか?

 実は、青や緑が赤の補色だからである。血液を見る機会の多い処置では、医療従事者は赤色をじっと見ることになる。もしシーツやガウンが白いと、視線を移した際、そこに青緑の残像がちらついて見えにくくなってしまう。これを補色残像現象という。

 そこで、補色である青系統の物品を使い、残像による視野の妨害と目の疲れを軽減するのだ。

よく使われる「使い捨て物品」

 医療現場でもっともよく使われる使い捨ての物品といえば、マスクである。医療従事者が一般的に用いる不織布のマスクを、サージカルマスクという。やはりサージカルマスクも水色のものを使うことが多い。

 サージカルマスクには二つのタイプがある。ゴムで耳にかけるタイプと、ヒモを頭の後ろで結ぶタイプである。着用しやすいのは、市販のマスクと同様のゴムタイプである。

 ゴムタイプの欠点は、顔の大きさに合わせてしばる強さを調節できないことだ。顔が小さくてマスクのサイズが合わないと、すぐにずれてきてしまう。手術中で滅菌手袋を着用している場合、その手で顔を触ることができないため、マスクがずれても自力で戻せない。そこで、長時間手術に入るときなどには、安定性のいいヒモタイプが選ばれることが多いのだ。

 また、ゴムタイプを長時間着用すると耳が痛くなったり、かぶれたりするという欠点もある。そうした理由で、手術以外でもヒモタイプを選ぶ人はいる。

 一方、ヒモタイプの欠点は、頭の後ろで上下二回ヒモを結ぶ手間があり、着用がやや面倒であることだ。また、見えないところでヒモを結ばなければならないため、慣れないうちは少し難渋するというデメリットもある。

 よってこれらの特性を考慮し、好みと必要性に応じて使い分けているのが現実である。

N95マスクは息苦しい

 もう一つ、医療現場でよく用いられるのが「N95マスク」である。空気感染リスクのある感染症を診療する際に、医療従事者が感染防御を目的に着用するものだ。空気感染する感染症の代表例は、麻疹(はしか)、水痘(水ぼうそう)、結核である。

 咳やくしゃみによって飛び散った飛沫が感染源となるのが飛沫感染、飛沫の水分が蒸発し、より小さな粒子が感染源となるのが空気感染である。この小さな粒子を「飛沫核」と呼ぶ。飛沫核の大きさは直径五マイクロメートル以下、つまり、一ミリメートルの二〇〇分の一以下だ。

 水分を含む飛沫は重いため、飛び散っても重力にしたがってすぐに落ちてしまう。ところが飛沫核は軽いため、長い時間、空気中を浮遊できる。離れたところにいる人にも感染させるリスクがあるのだ。

 サージカルマスクでは五マイクロメートル未満の粒子による感染を防げないが、N95マスクは〇・三マイクロメートルの粒子まで捕捉できる。これによって、空気感染する感染症からも身を守れるのだ。

 とはいえ、N95マスクは、医療現場でもかなり限られたシチュエーションでしか使用しない。

 きちんと着用するとかなり息苦しく、長時間の着用はとても不可能である。あくまで感染リスクの高い限られた作業時のみ、短時間着用することを想定したものだ。もちろん患者が着用することも推奨されていない。

 街中でN95マスクを着用している人を見かけたことがあるが、きちんと着用できているなら、息苦しさに耐えて歩き続けるのはかなり難しいはずだ。おそらく皮膚に密着できておらず、隙間が開いているのではないかと推測するが、それなら感染防御の効果は大きく低下してしまう。市販の不織布マスクをしっかり着用するほうが、よほど目的にかなうはずである。

(※本原稿は『すばらしい人体』を抜粋・再編集したものです)