
ヒオカ
近年、闇バイト問題が大きな話題となった。簡単に高収入を得られる等の言葉に踊らされ、犯罪に加担させられる若者が後を絶たないのだという。こういった問題に対し、「まともに」生きていれば、犯罪に手を染めずに済んだのではと意見がある。だが現実には、私たちの想像する「まとも」とはかけ離れた境遇の中で、生活せざるを得ない人たちがいるのだ。

東大生の44%超が私立中高一貫校出身!では世帯年収1250万円以上の割合は?
近年、「学歴社会こそが経済格差の原因である」「学歴ではなく、経験で人を判断するべき」という意見がメディアで取り上げられ、話題となった。だが、子どもの「学歴」にも「体験」にも、結局は親の経済力が大きく影響する。貧困家庭の子どもが学歴を積もうと思えば、「奨学金の受給」が必要となるが、そこにもまた大きな課題が存在した……。

「Fラン大学はゼイタク品」「金がないなら部活はあきらめろ」ネット民の声に真っ向から反論する。
「教育格差」や「体験格差」が話題となっている。所得や学歴が高い親は、子どもの「勉強」と「体験」に時間を費やし、大学へ行くための経済的な支援ができる。一方で、低所得世帯や生活保護受給世帯などは、子どもに割ける経済的・時間的な余裕が少ないため、そこに格差が生じるのだ。では具体的に、どのような問題が起こっているのだろうか。

昨今ネット上でしばしば話題になる「おじさん構文」。「おじさん構文」は敬遠されがちだが、一方で支持を集めやすい「エモ文体」と「おじさん構文」には共通点があると筆者は指摘する。

【私が貧困家庭の体験記を出したら「大学行った時点で読む気失せた」「大学行ったくせに貧困語るな」という言葉がチラホラあって。この反応は重く受け止めていて、“大学は贅沢品、嗜好品”“苦学生になれる人すら選ばれし人”という現実が、日本の現在地なのだと思います。】という私のツイートがバズった。「一億総中流」と言われた時代は遠い昔のこと。大学に進学するまでの「教育格差」も深刻である。

最近ではテレビでも取り上げられるようになったネット発の言葉「親ガチャ」。どんな親の元に生まれるかによって当然ではあるが子どもの人生は変わる。それをゲームの「コンプガチャ」(ゲーム内で使用するアイテムをくじ引きのような仕組みで当てること)に唱えた言葉だが、ワイドショーのコメンテーターらが「親になってから親のありがたみがわかった」などと、ありきたりな説教をする場面も見られる。「親ガチャ」という言葉に秘められた個々人の悲哀は、成功した芸能人・知識人には届いていないようにもみえる。

先日のメンタリストDaiGo氏による路上生活者らへの差別的な発言は、センセーショナルなものだった。しかし、それは日常的に低所得者に向けられる眼差しそのもので、もはや見慣れたものだ。間接的に、排除に加担し、誰かを追い詰める可能性は、誰にでもあるのではないか。
