遺体の顔写真を撮影してアルバム作成
理解不能なふるまいに引いてしまう

 最後は、葬式で出くわしたモンスター親戚の事例を見て締めたい。

 「母方の祖母の葬式費用を支払うタイミングで、叔母から母へ交渉が。『出せるお金が20万くらいしかない。あとは負担してもらえないか』と交渉されて困っていると、母から連絡がありました。母と叔母の姉妹ふたりで総額200万円を持つわけですから、母が180万円くらい払わないといけない計算……。葬式を仕切っていた叔母は見栄をはって、高いプランにしたのでしょうが、争っても解決しないだろうし、どうせ20万円以上は出さないだろうなと思い、仕方なく残りの金額を払ったと聞きました。無計画すぎる叔母に呆れました」(30代男性)

 どうでもいい見栄を張りたがる人はいるものだ。ただ、金銭面は人任せとなると、任せられた側は困惑せざるを得ない。いい迷惑でしかないだろう。

 「父方の叔父の行動が異常です。親戚の葬儀の度に、亡くなった人の顔をデジカメで撮影しているんです……。遺体の顔写真を記録して、それをアルバムにしているので、怖いとしか言いようがない。誰も遺体を撮影した写真なんて、気味が悪くて見たくないのに」(40代女性)

 「縁起が悪い」と顔をしかめる人が多そうな事例。負のオーラしか放たないアルバムを作って、いったい何がしたいのだろうかと理解に苦しんでしまう。

 「叔父の姉が亡くなった後、不動産や預貯金など、遺産がけっこうあったみたいで、その分配についてきょうだいでモメたようです。しかも葬儀の場で口論していて、死んだ人を前にその態度はないよな……と閉口しました」(20代女性)

 人が亡くなる度に、親戚間で勃発する遺産相続争い。決して珍しくない光景だろうが、「金に汚い」印象を残してしまうのは間違いない。今後、私たちが年を重ね、葬儀の場に赴く機会が増えるにつれ、こうした状況に遭遇することは、覚悟しておきたいところだ。

「親戚だから」と甘やかさず
毅然とした態度を貫くこと

 血縁と婚姻によって発生する不思議な人間関係、親戚。望むと望まざるとにかかわらず、生まれてしまうつながりは、本当に必要なのか、その他の縁よりも重要なものなのか、と考えさせられる。この特殊なつながりに安心感を持つ人もいるだろうが、縁を切りたくても切りづらいという、なんとも厄介な面も併せ持つからだ。

 本稿で取り上げたモンスター親戚は一例にすぎない。もっと過激で度肝を抜かれるような、恐ろしいモンスター親戚もこの世界に多数生息するだろう。しかし、自然発生してしまう関係ゆえ、モンスター親戚をはじめから避けることは不可能に近い。

 身も蓋もない言い方に、救いがないと感じておられる読者もいらっしゃるだろうが、解決策に近いものがあるとしたら、ただひとつ。「親戚だから」といった考えや甘さを捨て、毅然とした態度で接することだろう。

 そうすれば、モンスター親戚という「敵」からの被害に遭う前に、安全地帯に避難したり、適切な距離を置いたりと、何らかの手立てを講じることができるはずだ。