生命保険外交員の卓上カレンダーについては、「必要と認められるものであり、他の外交員との均衡を失しないものである」場合に限り、必要最低限度の実費を認めてよい、ということだ。ここでいう「均衡」とは、いったい何なのだろうか。

 保育児の送迎については、「必要」「真にやむを得ない事情」があれば、最小限度の実費を認めてよいということだ。「残業で遅くなったのでタクシーで」は認められない、ということである。

 この他、単身赴任や出稼ぎの場合の帰省に対しては、「就労に伴う必要経費」とは認められるものの、「真に必要な最小限度の回数にとどめるべきである」とされている。子どもに対して親であること、親に対して子であることを、生活保護が制約しているかのようだ。

 なお、11月も後半に差しかかろうとする現在は忘年会シーズンの直前だが、忘年会の費用は基礎控除に含まれるとされているため、必要経費とは認められない。生活保護のもとで働いている場合、15万円の収入があっても2万8000円しか認められない「基礎控除」からのやりくりで、最低でも5000円程度の忘年会費を捻出せざるを得ない。就労すればしたで、最低限度の「おつきあい」に苦労することになる。

これでは生活保護から抜け出せない
あまりにも「最低限度」が多すぎる

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 以上、生活保護のもとで就労した場合、どのような就労が可能か、どのような生活が可能になるかを、急ぎ足で紹介した。

 最低限度以下の生活から、就労へとジャンプするために必要な何かを用意することは、どのような生活保護世帯にとっても容易なことではないだろう。それでも就労へのハードルを越え、就労を開始したら、就労に関しても「最低限度」であることを求められる。

 これでは、就労による生活保護からの脱却を、わざわざ困難にしているようなものではないだろうか。もしかすると、2013年以降の生活保護制度に関する動きは、「働いても、どういう努力をしても、生活保護のままでいるしかない」という人々と、生涯にわたって生活保護と無縁な人々と、その中間で「生活保護の世界に一生押し込まれていたくなかったら、せいぜいあがけ」と言われているも同然の人々をつくるために、あったのかもしれないが。

 次回は引き続き、生活保護と就労自立に関する問題を、20歳前後の若者に対する支援を例に出し、紹介する予定だ。