政府からのアイデアではないせいか、深センの博物館に行っても、証券取引所や政府が誘致した工場の展示はあっても、華強北の展示は目立たない。賽格広場をつくりあげた賽格電子集団の活動が全体のガイドラインにはなったので、完全に無秩序から立ち上がったのではないが、オープンソースのプロトタイプの元にアイデアが洗練されていって大規模になっていくように、商売人の活動が集中するにつれて、自然発生的に電気街が巨大化してきた活動のようだ。

 都市計画や区画整理に市が介入してきたのは2000年頃といわれているので、21世紀に入ってからムクムクと大きくなったといえる。一定の整理はされているものの、第2回で触れた絵画村といい、この圧倒的なエネルギーとカオス感はその成り立ちによるのだろう。

家族経営の問屋が多い。床では子どもたちが商品をパッキングしている 拡大画像表示

メインの販売品はパーツ類
電子部品の市場レポートも提供

 もともと製造業者たちに部品と情報を流通させる成り立ちだったこともあり、今でも部品の取引が多い。写真のこれらはすべて電子部品で、組み立て工場が千個単位で購入するを想定して、ものすごい量のパーツやモジュールが無造作に売られている。

(上)iPadやiPhone(最新機種だけでなく古いものも含む)、その他スマホ・タブレットなどの通信モジュール。あらゆる通信モジュールを購入して自社製品に組み込むことができる /(下)監視カメラ、ドライブレコーダーなどに使われるCCDセンサーモジュール 拡大画像表示

 こういう店で数個単位でパーツを買うのは難しい。たいていの1m売り場は工場と直結していて、注文すれば何千/何万個単位で製造してくれる。小さく見えてもBtoBの問屋なのだ。先ほどの賽格広場の上層、11Fから71Fまではオフィスビルになっていて、問屋街として機能している。