珍策の「白紙撤回」があり得る合理主義者

米国では近年、中国からの輸入が増えているが、安価な財が入ってくることによって、米国の人たちはさらに他のモノ・サービスに消費を振り分けることができる。仮に、関税を大幅に引き上げたりすれば、国内の家計は一気に圧迫され、豊かさは徹底的に損なわれるはずだ。

こうした理屈を理解せず、保護主義的な通商政策に踏み切れば、おそらくトランプ氏が4年後の大統領選で再選するのは難しくなるだろう。ただ、トランプ氏がそうした政策を掲げる背景には、「国内企業の経営や雇用を守り、再び、米国を強い国にする」というメッセージを有権者に伝える戦略的意図があるのではないか。

もともとビジネスマンであり、損得勘定で合理的に決断をする性格の持ち主なので、これが明らかな愚策であるということを納得しさえすれば、いい意味での「手のひら返し」をする可能性は決して低くない。その点、理想に邁進してオバマケアの負担を国民に押しつけてしまったオバマ大統領と比べると、はるかにリアリストなのではないだろうか。

また、減税などの財政政策のほうが即効性が高いことを考えると、当面1~2年のあいだは経済成長を後押しする政策のポジティブインパクトが勝る状況が続くと考えていいというのが私の見通しである。過剰な悲観論に流されない冷静さが求められる局面だろう。

[通説]「自国利益を優先する奇策。暴言・暴走は止まらない」
【真相】否。アベノミクスと本質は同じ。損得重視の人物。

村上尚己(むらかみ・なおき)
アライアンス・バーンスタイン株式会社 マーケット・ストラテジスト。1971年生まれ、仙台市で育つ。1994年、東京大学経済学部を卒業後、第一生命保険に入社。その後、日本経済研究センターに出向し、エコノミストとしてのキャリアを歩みはじめる。第一生命経済研究所、BNPパリバ証券を経て、2003年よりゴールドマン・サックス証券シニア・エコノミスト。2008年よりマネックス証券チーフ・エコノミストとして活躍したのち、2014年より現職。独自の計量モデルを駆使した経済予測分析に基づき、投資家の視点で財政金融政策・金融市場の分析を行っている。
著書に『日本人はなぜ貧乏になったか?』(KADOKAWA)、『「円安大転換」後の日本経済』(光文社新書)などがあるほか、共著に『アベノミクスは進化する―金融岩石理論を問う』(中央経済社)がある。