「撮ってくれよ。もうすぐみんな死んじゃうから」

 この2月9日、僕は京都にいた。浄土真宗大谷派が主宰するシンポジウムに出席するためだ。

 シンポジウムが終わってからの打ち上げは、まずは会場近くの大きなレストランで行われた。二次会はレストランからタクシーで10分ほど走った祇園の小さなカラオケスナックだった。一次会から流れてきた20名ほどの顔ぶれは、ほとんどが浄土真宗大谷派の僧侶たちだ。でも彼らとは明らかに雰囲気が違う二人の老人がいた。一人はカウンターに座り、もう一人である白髪の男性は、テーブルの僕の隣に腰を下ろした。

「あんたは森さんだね。今日の話はよかったよ」

「ありがとうございます。お名前お聞きしていいですか」

「石井だよ。ストーンの石に井戸の井」

 そう答える石井さんに、テーブルの向かい側でウイスキーの水割りを作っていた年配の女性が、「石井さん、いくつになるんだっけ?」と声をかける。

「いくつだっけ。もう80はずいぶん前に過ぎたよ」

 言ってから石井さんはガハハと笑う。動きも俊敏だし声にも張りがある。とても80歳過ぎには見えない。女性が言った。

「森さん、石井という名前は偽名なのよ」

「うん。本名は忘れちゃったからな」

 そう言ってまた笑う石井さんの膝の上に置かれている左手に、僕はちらりと視線を送る。まるで握りしめた拳のようだけれど、でも正確には拳ではない。なぜなら石井さんの左手には、握りしめる指がない。

「珍しいかい」