
ジャーナリストの田原総一朗氏と文芸評論家の三宅香帆氏、「半世紀違い」の異なる世代の2人が対談。仕事と読書の関係の歴史をたどりながら現代社会の労働のあり方を問う著書「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」(集英社)を上梓した三宅氏は、「半身」で生きることが今の疲労社会の処方になると説く。一方、田原氏は、「全身全霊」こそがおもしろいと反論する。しかし議論は意外な方向へ。本を読むことの意味と現代の労働観、森鴎外の生き方、日本社会に蔓延する同調圧力、それに屈せずに「自分の言葉」を持つにはどうすべきか、本を読むことの意味と現代の労働観などが話題に。田原氏から「自分の言葉はない」と驚きの発言も飛び出すなど、議論が白熱した。(文/奥田由意、編集/ダイヤモンド社 編集委員 長谷川幸光、撮影/堀 哲平)
偉くなりたいとは思わない
変な空気になったって別にいい
三宅香帆氏(以下、三宅) 田原さんのズバズバとした物言いは、現代において稀有(けう)な語りだと感じるのですが、けんかを恐れないようになったのは、なぜなのでしょう。
田原総一朗氏(以下、田原) 偉くなりたいと思っていないんです。会社内の出世を選ばずに独立しましたし、国会議員や組織の重役に誘われても固辞してきました。偉くなれば、言いたいことが言えなくなりますからね。全部断りました。

1934年、滋賀県生まれ。ジャーナリスト。早稲田大学卒業後、岩波映画製作所や東京12チャンネル(現・テレビ東京)を経て、1977年からフリー。テレビ朝日系「朝まで生テレビ!」などでテレビジャーナリズムの新しい地平を拓く。1998年、戦後の放送ジャーナリスト1人を選ぶ「ギャラクシー35周年記念賞(城戸又一賞)」受賞。「朝まで生テレビ!」「激論!クロスファイア」の司会をはじめ、テレビ・ラジオの出演多数。近著に『さらば総理』(朝日新聞出版)、『人生は天国か、それとも地獄か』(佐藤優氏との共著、白秋社)、『全身ジャーナリスト』(集英社)など。2023年1月、YouTube「田原総一朗チャンネル」を開設。
三宅 とはいえ、偉い立場にいらっしゃいますよね。昔からとてもお忙しいのに、本をたくさん読まれている。
田原 いえいえ、そんなことないですよ。いつも叱られてばかりです(笑)。本は毎日読んでいます。僕は趣味がないんです。本を読むか、書くか、取材するか、これしかありません。強いていえば、仕事が趣味なんです。
昔から、麻雀もしないし、ゴルフもテニスもしない。食事にあまり時間をかけないし、飲み会にも行かない。だから、本や新聞を読む時間があるのです。究極、寝る時間を削れば本は読めますしね。
三宅 飲み会に1人だけ行かないと、田原さんのような業界では特に「あいつは付き合いが悪い」とか「和を乱す」とか言われたりしませんか? 変な空気になるといいますか。
田原 変な空気になったって、別にいいんです(笑)。僕が出演する番組や記事が話題になってくれさえすれば、僕自体がどう見られようがかまわないんです。

文芸評論家。1994年、高知県生まれ。京都大学大学院人間・環境学研究科博士前期課程修了、後期課程中退(専門は萬葉集)。リクルートを経て独立。2017年大学院在学中に『人生を狂わす名著50』(ライツ社)で著作家としてデビュー。主に文芸評論、社会批評などの分野で幅広く活動。著書『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社)は、「第17回オリコン年間本ランキング2024」の新書部門においても年間1位を記録するなど、16万部のベストセラーに。『「好き」を言語化する技術 推しの素晴らしさを語りたいのに「やばい!」しかでてこない』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)等著書多数。
三宅 なるほど! ちなみに、読まれる本は、どのように選ぶのですか。
田原 直感でおもしろそうだと思った本ですね。新聞の広告や雑誌の書評欄などで知ることもありますし、なるべく本屋にも行くようにしています。
銀座の教文館さんや月島の相田書店さんがお気に入りです(※)。フロアの広さがちょうど良く、見やすいんです。おもしろい本があると店員さんが教えてくれますしね。
※教文館は、東京都中央区銀座の中央通りに面した1885年創業の老舗書店。相田書店は、東京都中央区月島の月島西仲通り商店街(月島もんじゃストリート)に面した1912年創業の「月島最古参」の書店
実は三宅さんのご著書も、今回の対談が決まる以前に、書店で見かけて気になったので読んでいたんです。
三宅 うれしいです。書店に行くとおもしろい本が見つかるというのは同意です。今、どういった本が話題かもわかりますよね。
田原 三宅さんは、たくさんの本に囲まれていると思いますが、どのような本から読んでいくのですか。
三宅 気になっているテーマを扱っている本を優先的に読みます。最近ですと、『テクノ封建制』(※)という本がおもしろかったです。
※『テクノ封建制 デジタル空間の領主たちが私たち農奴を支配する とんでもなく醜くて、不公平な経済の話。』(著者:ヤニス・バルファキス、訳者:関美和、解説:斎藤幸平/集英社)
田原 どういう内容の本なのですか。
三宅 ギリシャ危機(※)の時の財務大臣が書いた本で、今のグローバルIT企業がクラウドサービスでもうけているさまが、中世の封建制のようだと批判をしています。
※2009年の政権交代をきっかけに表出したギリシャの経済危機。それまでの政権が隠ぺいしていた財政赤字が発覚し、国債価格が暴落、ユーロ圏の金融市場にまで波及。一時は「国家の破綻」が危ぶまれるほど深刻な事態に発展し、国民生活にもEUにも大きな混乱を招いた
今、欧州委員会(※)が、アメリカのGARFAM(Google、Apple、Facebook、Amazon.com、Microsoft)のビジネスを規制する動きもあるので、テーマとして気になっていたんです。ニュースを見ていると、「この本に書いてあったことだ」と思うことが多々あります。今回お聞きしてみたかったのですが、田原さんは、若い頃、どういう本を読まれていたのですか?
※EUの「内閣」に当たる行政執行機関。ベルギー・ブリュッセルに本部がある