次のピークである3月21日-23日の現象を記録から拾うと、

・2号機で21日18時22分白煙発生
・3号機で21日15時55分灰色の煙発生、23日16時20分白煙発生

 とある。それぞれ火災が発生していたと思われる。これらの火災で放射性物質が吹き上げられ、風に乗って飛散したのではないか。

 2度の放射線量上昇は爆発と火災による飛散によるものだといえよう。

 チェルノブイリの2度の爆発はどのようなものだったのか。前掲の記録(★注①)によると、ジルコニウム(燃料棒の被覆管)と水の反応により生じた可燃性ガスと空気の混合による熱爆発、と推測されている。

 つまり、福島の水素爆発や火災とメカニズムは同じことになる。格納容器のないチェルノブイリと格納容器のある福島との違いだ。飛散した放射性物質の量は桁違いにチェルノブイリのほうが多いが、福島でまた爆発が起きると、三たび各地の放射線量が上がることになるだろう。

 チェルノブイリ事故では大量放出を10日間で収束させたわけだが、その後の密封作業の経過は次のとおりである(★注③)。

・ 4号機の周囲では、遠隔操作によって土の表層を剥ぎ取り、廃棄物処分場へ運んだ。クレーンの運転席は鉛で遮蔽
・ 剥ぎ取った跡地はコンクリートで固めた
・ 周囲のビルの屋根と壁を除染
・ 原子炉敷地を除染、コンクリートで舗装し、防護壁の金属骨組みを構築し、コンクリートで覆った
・ 防護壁とともに、原子炉を埋没密閉する構造体(石棺)を建設
・ 防護壁は深さ30-35メートル、幅60センチの堀のようなもので、発電所の全周をめぐらせ、地下水が浸透しない深さまで打ち込んだ

 完成は1986年11月だと思われる。現在、25年経過し、コンクリートの劣化による放射性物質の漏洩が懸念されているそうだ。