隆嗣は、杭州への興味よりも別の楽しみを見出したことで胸中ときめいた。その一方で、きちんと自分のことを彼女に伝えておかなければならない、そんな生真面目な思いも頭をもたげる。コーラを口に運んで喉を潤し、さりげなさを装って話した。
「今の中国を理解したいから留学に来たなんて、夕べはもっともらしいことを言ったけど、本当はそんな偉そうな理由じゃないんだ。ただ何となく、今の日本に居続けることに漠然とした疑問を感じてね。とにかく一度外へ出てみたかっただけなんだ」
立芳は軽く受け止めたようで、微笑を絶やさぬまま涼やかな顔を向けた。
「ふうん……。でも、羨ましいわね。外へ出てみたかったから外国へ行く、そんなこと、私たち中国人には無理な話よ。やっぱり日本はいい国なのね。でも、どうして中国なの? 他にも外国はいろいろあったでしょうに」
その質問に、隆嗣は問い返すことで応じた。
「じゃあ、もし外国へ出られるとしたら、君はどこへ行きたいの?」
暫し宙を見上げて考える素振りをした彼女が、隆嗣へ振り返って答えた。
「やっぱりアメリカかな」
「そうだろうね。僕も、中国へ留学すると言ったときには周りから言われたよ。どうして中国なんかへ、って。どうせならアメリカかイギリスに行って、英語を勉強すればいいのにと、余計なアドバイスを散々もらったな」
隆嗣は苦笑いを交えて答えた。
「もし日本で知り合っていたら、私でもそうアドバイスしたでしょうね」
「でも、僕はひねくれ者だからね。皆が行きたがらないところへ行くべきだと考えたんだ。共産国家なのに経済開放するなんて本末転倒なことを始めたこの国に、単純な興味が湧いたというところかな……。ごめん、中国人の君には失礼なことを言っているみたいだね」
「いいの、気にしないで」彼女が軽やかに首を振る。
「それと、さっきも言った通り、僕は原爆が落とされた長崎の生まれだからかな……。何となくアメリカという国には嫌悪感というか、拒絶反応してしまうDNAがあったんだろうね。留学先として考えもしなかった」
すると、立芳は隆嗣の方へ首を傾げて言った。
「あなたはしっかりした人ね」
「えっ」頼りない感覚に身を任せ、人生の回り道を歩いているつもりだった隆嗣は、まったく逆のことを言われて戸惑った。
「だって、あなたは自分の気持ちを素直に受け入れて行動を起こした。立派な人です」