歩みを進めていくと、大きな湖が眼前に広がった。この公園で一番の人気スポットであり、夏には湖面を渡る風に癒されたり、子供連れやカップルが貸しボートに乗ってひと時の贅沢を味わったりしていた。しかし今は冬、黒い水面は寒さを増す役目しか果たしていない。

 その湖に浮かんでいるような格好で、小さな東屋が建っている。湖畔の小径を辿って中へ入った二人は、冷たいコンクリート製のベンチに腰を落ち着けた。

「ごめんなさい、冬なのに公園なんかに誘ってしまって。寒いでしょう?」

「いいや。君と話していると、寒さなんか感じる暇がないよ」

「それはどういう意味? 自分でも判っているの。理屈っぽいことばかり話してしまうから、私の相手をするのは煩わしいでしょう」

 立芳が顔をしかめる。

「とんでもない。君と一緒にいるだけで、僕は嬉しくて仕方がないんだ」

 日本ではとても口に出来ないような言葉でも、外国語として話せば臆面も無く言えてしまうのは何故だろう。

「中国に来て半年も経っていないって、本当なの? 言葉がお上手すぎるわね」

 立芳は微笑みながら湖面へと視線を泳がせた。

「私は、この公園によく来るのよ。大学に合格して一人で上海へ来た頃には、ホームシックになりそうだったの。だから、学校から歩いて数分のところにこんな湖があると知った時には嬉しかったわ。それからは、嫌なことや嬉しいことがあると、ここに足が向くの」

 彼女のささやかな告白を聞いて、隆嗣が問い返した。

「湖が……好きなの?」

「ええ。故郷の杭州は、西湖という大きな湖の周りに広がる街なのよ。小学校の行き帰りでも、親に頼まれてお遣いに出る時でも、ちょっと歩けば、すぐに西湖が見えるところに住んでいたの。湖畔に並んだ柳の枝が風に煽られる美しい景色を見て育ったのよ。懐かしいわ」

 立芳の視線の先、この長風公園の湖の畔にも何本かの柳が申し訳程度に植えてあり、寒風に曝されて寂しく枝を左右に振っていた。

「ここよりも、西湖の方が綺麗なんだろうね」

「もちろんよ」

 立芳が微笑む。

「僕も行ってみたいなあ、杭州へ」

「機会があればぜひ来てちょうだい。私が案内するわ」