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立候補制は、出世でも降格でもない、挑戦のための「発散と充電」
吉田 サービスのコモディティ化に対応するためにも組織にイノベーティブな風土が必要で、その大前提としてフラットな組織があるということですね。リーダーの選出方法も一風変わっていますね。
星野 マネジャーやディレクター、総支配人などは立候補制にしています。
才能のある人材に長く働いてもらうには、何でも言い合える風土のみならず、個人の希望や成長欲求を考慮した仕組みが必要だと考えました。つまり、「出世する自由」も含め、キャリアを自分で築き上げることができれば、と。
あるポジションについて、本人は十分務まる自信を持っていたとしても、人事や上司が評価しない限り待たされてしまう。ならばいっそ、本人の意思に任せてしまおうというわけです。もちろん、完全に自由にしてしまうと、会社は混乱します。マネジメントと社員の気持ちの折衷案が、立候補制でした。
春と秋の2回、大立候補大会を開き、希望者に「私はこうする」と表明してもらいます。それを皆で具体的に議論して、就任を認めるかどうかを決めます。おかげさまで、毎回30~40人の立候補者が出ています。
マネジメントが人事権を手放すなんて、と驚かれることもありますが、この形式ならどこに意欲ある人がいるか、何を考えているかが、誰の目にも明確にわかるのです。その代わりに、基本的には空いたポジションに外部から人を抜擢しない、と約束しています。そうでなければ、形骸化しますからね。お互いに譲り合っている形です。
吉田 立候補するのも自由だけれど、就任後の格下げもあるとか。厳しいですね。
星野 誰かが就くということは、誰かが外れるということです。しかし私は、ポジションに就くのを「出世」とは呼ばせないし、外れても「降格」とは呼ばせません。そうではなく、「発散」と「充電」と考える。これで立候補者もグンと楽になるし、立候補しやすくなります。
発散とは、働きながら考えてきた案を実現するための取り組みであり、まさに思いの発散です。皆が、「乗った! やってみよう」となれば、リーダーとしてやってもらう。
ただ、上手くいかないこともあります。戦略上気づかなかった欠点が見つかるとか、リーダーとしての資質に問題があったのかもしれない。でも、それはやってみないと自覚できない。だから、上手くいかなかったときは、その経験を踏まえて、いったん充電期に入る。捲土重来で、復活戦は何度でもOKです。