【 8 】
梢(こずえ)には、少し早く里に下りてきたアキアカネが止まっていた。
老人の宿題はなかなか解けなかった。「大切なもの」を、すでに圭介が手に入れているはずだと言う。
たしかにそうじをすると精神的には清々しいし、気持ちいい。キレイになった職場、キレイになった歩道を見るのは楽しいものだ。しかし、当初、圭介が社長や老人に挑発されてそうじを始めた目的は、達成されていなかった。
「そうじをすると売上が上がるのか? お金が手に入るのか? 得をするのか?」
実を言うと、別にそんなことはどうでもよくなっていた。そうじをするのが気持ちよくなってしまった今、得とか損とか関係なく、そうじをやめようとは、まったく思わなくなってしまっていたのだ…。
さて、それからさらに2ヵ月が経ったある日の午後のことだった。
正平がガスコンロの取り付け工事から戻ってくるなり、こんな話をした。
「リーダー。やりましたよ。一軒まるごとリフォームを取れそうですよ」
「お、そうか。えらいぞ。この2ヵ月くらい目標に届かなかったからなぁ。助かるよ。で、どんな案件だ」
正平は、ちょっと自慢げに話し始めた。
「三丁目の山口さんちのコンロが火がつきにくいって電話があったんでね、すぐに飛んで行って直してあげたんですよ。そのコンロ自体はすぐに直ったんですけどね。流し台の中が、汚れた食器でいっぱいなんです。山口さんちのオバサンはキレイ好きなのに変だなって思ったんですよ。そいで聞いたらね、最近、ギックリ腰をやっちゃって、前かがみになるのが痛くって、洗い物ができなくなってしまったって言うんですよ。それで、最近、そうじをしていると気持ちがいいのがしみついていたので、そのまま見過ごすこともできなくって、オレが全部洗ってあげたんですよ…」
「えらいじゃないの」
「そうでしょ。オレってそういうヤツなんです。へへへ。まぁ、続きがあるから聞いてください。それでね、皿洗いをしていて気づいたんです。流し台そのものが低すぎるんです。たしかに、腰を痛めた人には使いづらい。コレうちで使いやすく高さ調整して直してあげましょうかって。そしたら喜んでくれてねぇ。あのオバサンもういい歳でしょ。58とか言ったかな。たしか旦那さんも同い年とか。そろそろ、あちこち体にガタがくる頃なんですよ。それで、ふと思ってね。家の中を全部見せてもらったんです。するとね、どう考えても歳を取った人には住みにくい家なんだな、これが。水道の蛇口は旧式で硬くて閉めにくい。風呂はすきま風が入ってきて寒そう。トイレなんて、いまだにシャワー付きじゃないんですよ…」
「ほほう」
圭介は、夢中で喋る正平の話に耳を傾けた。
「それでね、一つひとつ、将来、介護が必要になった時のことも含めてカラダに優しいリフォームを提案したんです。そしたらね、もうすぐ旦那も定年だし、老後のことを相談してた矢先だったってね。今度、ご主人のいる時に、詳しい話を聞かせて欲しいって…」