圭介は、この話を聞いていて、心が躍るのを抑えきれなかった。「新しい注文が取れそうだ」ということではない。
正平は、何度、営業を教えても「セールスができない男」だった。ガスショップという業態は「リフォームを獲得するには大いに有利な業態」だといわれている。
「飛び込み営業」や「紹介のセールス」をする必要がない。ガス器具をお買い上げいただいたお客様に、「設置のため」におじゃまする。その際、お客様に、床暖房や浴室暖房の話題をさりげなくする。
子どもがいる家では、「受験のために勉強部屋の増築はいかがですか?」と提案する。ふだんの、何気ない会話の一つひとつが「リフォーム」の仕事に自然に繋がるので、強気なセールスをする必要がないのだ。
ところがだ。正平に、何度口酸っぱく言っても、うまくセールスができなかった。「子どもがいるから子ども部屋を」と教えたら、それしか言えない。「お客様のそれぞれの状況」を判断して、必要なものに気づくことが、なかなかできなかったのだ。
それがどうしたことか。今日の件は、「自分から提案した」のだった。簡単なように思えるが、「相手のニーズ」を読むのは難しい。このことに方程式はない。それだけに教えるといっても、一朝一夕に「一人前」にはなれない。
実は、そのことで圭介自身にも思い当たることがあった。
このところ「空き巣事件」がこの地域で多発している。聞いたところによると、鍵をしっかりかけていても、窓ガラスを割って手を入れて鍵を開け、堂々と入ってしまうという手口が多い。なんとか打つ手はないかと考えていた。
そこで、つい先日「増築工事」をしたお宅の窓ガラスに、「透明のビニールシート」を張ることを提案した。犯人が窓ガラスの一部を叩き割ろうとしても、なかなか割りにくい。割れたとしても時間がかかる。たったそれだけのことで、「防犯効果」が高いのだ。そんなことをテレビ番組で見たのを覚えていて、実践してみたのだった。
そのお客さんは大変喜んでくれ、隣近所に喋りまくった。おかげで、ほとんどサービスで5~6軒のお宅の窓ガラスにビニールシートを張る羽目に陥ってしまったが、そのうちの、なんと2軒が「ガス器具」を買ってくれたのだ。少し遠回りではあったが、「売上」に結びついた。
圭介は、この2つが、偶然の出来事とは思えなかった。「そうじをする習慣」の前と後で、正平だけではなく、「自分の中にも何か変化が起きている」のは、「実感」としてわかる。確実に、何かが違う。
(ひょっとして…)
これが、老人の言っていた「ゴミを1つ拾う者は、大切な何かを1つ拾っている」ということなのか。「そうじ」をしたせいで、売上が上がったのか? ぼんやりと何かが見えてきた気がした。
(その5へ続く)【全5回】
『なぜ「そうじ」をすると人生が変わるのか?』
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