色々な店を覗いて、からかいながら賑やかに通りを進んだ一行は、南京路の端、中山路との交差点に達した。その道路を横断して渡ると、上海を南北に貫く黄浦江の流れに面して広がる外灘(バンド)公園だ。

 ここへ来ると、上海という異郷にやって来たんだと実感させられる。広い川幅の黄浦江には砂利運搬船や大きな貨物船、それに幾艘かのジャンク船が行き交っており、目を転じて今歩いてきた南京路の方を振り返れば、中山路に面して立ち並ぶ欧風建築の重厚さが迫ってきて、歴史というものの不思議さを感じさせる空間となる。

「目の前が和平飯店です。ご存知ですよね」

 再び祝平が声を掛けてきた。

「ええ。右の時計塔がある建物が北楼、左の丸い建物の方が南楼と、二つに分かれているんですよね」

「北楼から右、北側が昔のイギリス租界。南楼から左の南側がフランス租界です。建物の容貌が全然違うでしょう。同じレンガ作りでも、イギリス側は直線的で、フランス側は丸みを帯びている。南京路は、その境目ということで発展したんですよ」

「さすが、ヨーロッパ建築というのは立派ですね。でも、帝国主義の侵略の象徴であるこれらの建物を、なぜ中国政府はそのまま残しているんですか?」

 隆嗣が素朴な疑問を投げ掛ける。

「さあ、頑丈な建物だからもったいなかったんでしょう。今では、政府機関や国営銀行が使用しています」

 祝平は笑いながら答えた。

「昔、この黄浦江には、日本やイギリスの軍艦も停泊していたそうよ。半世紀前には、ここに世界中から外国人がやってきて、この国を侵蝕する基地にしていたの」

 脇から立芳が言葉を上げる。

「……でも、これからの上海は、中国人が発展するための基地になっていくのよ」

 数歩先では、ジェイスンがレディーの肩に手をかけてポーズを決めていた、彼に頼まれた日本人留学生の若者が、ファインダーを覗いてピントを合わせている。祝平がそのジェイスンの後ろ、対岸の遥か先を指差した。

「この黄浦江を挟んだ対岸が、浦東と呼ばれる地域です。じつは、私の家は浦東にあるんです」

 彼が指し示す先には、何もない平地が広がっている。夕暮れが迫る中では、薄い墨に塗られたようにしか見えない。

「畑しかない寂しい所ですよ。私が上海市の出身だと言うと、羨ましがる人もいるけど、実際は、私も農家の息子なんです。上海は経済開放の中心とか言って騒いでいるけど、河一つ隔てると、何も変わっていない。それが現実なんですよ」