店の入口脇に立つ警備員が、中国人学生たちを見咎めて首を振った。
「だめだめ、ここは外国人専用の店だ。お前たちを入れるわけにはいかない」
なにか言いたげな祝平の態度を察して、隆嗣が先に口を開いた。
「店には入らない。タクシーに乗りたいだけだ」
「そうそう、俺たちに用があるのはタクシーだけ」
横からジェイスンが援護する。中国人も日本人同様で白人には弱いらしく、警備員はピッと笛を鳴らして店の前で客待ちしていたタクシーを呼び寄せてくれた。しかしそこに待機していたのは2台だけで、一行の10人という数には不足した。
「仕方ない、先に4人ずつ乗って帰ろう。あとの二人は、次のタクシーが来るまで待つしかないな。伊藤さんと立芳、悪いけど残ってくれるかな?」
祝平がそう言い出した。すると、ジェイスンが隆嗣の耳元で囁く。
「俺が言おうとしたことを先に言いやがって。あいつも、思ったほどの糞ッタレではないようだな」
まるでクラシックカーのような中国製乗用車『上海号』タクシーが乗客を満載して出て行くのを、隆嗣と立芳は肩を並べて見送った。
庶民の足は自転車かバスの時代、それ以外で道路を走る車両といえばトラックか公安の車ぐらいで、まだまだ圧倒的に乗用車が不足していた。先ほどの警備員によると、次のタクシーが来るまで最低30分はかかるそうだ。
「夜の空気が気持ちいいわね」
北京路で佇む二人、立芳が空を見上げて星を探しながら呟く隣で、隆嗣はカールトンを咥えて火を点けた。隆嗣が吐き出す煙を目で追いながら、彼女が遠慮がちに問い掛ける。
「疲れたんじゃない?」
「いいや、君こそ疲れただろう。ジェイスンの我が儘に付き合わせて、すまなかったね」
「みんな十分に楽しんだみたい、気にしないで。それと、色々と余計な話をさせてしまってごめんなさいね。祝平のこと、怒ってる?」
彼女は、祝平が無遠慮に隆嗣へ投げ掛けた話を気にしているらしい。
「まさか、非常に興味深かったよ。日本が嫌になって、何となく抜け出してきたいい加減な男から見ると、真剣に国のことを思う彼の言葉は、正直言って耳に痛かったけどね」
「あら、あなたはいい加減な男なの?」
立芳の真意を測りかねて返答に窮していると、彼女は隆嗣の肩に手を置いて顔を近づけてきた。しばらく唇を重ねた後で、立芳は人差し指を隆嗣の口元へ当てて、悪戯っぽく囁いた。
「煙草臭いわよ」
(つづく)