日が暮れてきたが、それなりに親交を深めて楽しんでいた一同は、せっかくだから夕食も一緒にしようということになり、女学生の一人が提案した、水餃子の美味しい店があるという意見に従って、北京路へと向かった。
コンクリ剥き出しの床に粗末なテーブルが6脚だけというこじんまりとした店内で、背もたれも無い椅子に腰掛け、大きなお椀に盛られた水餃子をみんなで頬張った。中の具には何が入っているのか判らなかったが、厚い皮の歯応えと肉汁の染み込んだ味に不満はない。冷蔵庫に入れるという習慣が無いためにコップが泡だらけになってしまう温いビールも、今日ばかりは幾分美味く感じられた。
「どうだい、ジェネラル・ジェイ。本日の戦果は?」
隆嗣が冷やかすと、ジェイスンは調子に合わせて重々しく答える。
「うむ、参謀総長が立てた作戦は、完璧とは言えないが満足できるものだったよ。最前線で臨機応変に戦って、何とか勝利を収めることができそうだ」
「何の話をしているの?」
立芳の問いに笑ったままで答えずにいると、彼女に脛を蹴られてしまった。
中国人はみんな犬の肉を食べるのか、と言ったハンスの質問に話が盛り上がり、ジェイスンの「お前たちオーストラリア人は、ワニの肉を食っているんだろ?」というカウンターパンチにハンスが渋面を作って一段落ついた頃、店内の壁に掲げてある時計を見た祝平が、あっと声を上げた。
「もう8時過ぎだ、大学へ戻るバスがなくなるぞ」
「大丈夫、この北京路の先には友諠商店がある。そこでタクシーがつかまるよ」
「でも、タクシーなんて贅沢なもの乗ったことないわ。お金だって……」
ジェイスンの横に座っていた痩身の女性が、隆嗣の提案に不安を申し出る。
「そんなこと気にしないでくれよ。今日は本当に楽しい1日を過ごさせてもらったんだ。心から感謝している。だから、厭味で言う訳じゃなくて、お金なんか気にしないで、一緒にタクシーで帰ろう」
ジェイスンのセリフに、留学生たちは皆頷いた。同じ学生とは言っても、中国人と外国人の間には大きな経済格差が横たわっているのが当時の現実だった。
この頃は、上海といえども夜の8時を過ぎれば真っ暗だ。建物から路上へ漏れてくるわずかな明かりを頼りに通りを歩いて友諠商店に辿り着いた。ここでは経済開放に伴って増えた外国からの観光客や長期滞在者のために、外国製の食料や日用品、それに中国工芸品などのお土産物の類いを売っている。